2. 日本人妻はなぜ韓国人夫を殺したのか?

週刊文春   2012.12.6        143-145頁

▲ 95年の合同結婚式                 ▲ 9月 に死亡した文鮮明教祖

日本人妻はなぜ韓国人夫を殺したのか?

統一教会「合同結婚式」の悲劇

石井謙一郎  フリーライター


桜田淳子らが参加して社会問題化した合同結婚式から二十年が経つ。それ以降も統一教会は、「祝福」の名のもとに日本人女性信者を韓国に送り続けている。今年八月、そのうちの一人が韓国人夫を殺害する痛ましい事件が起きた。悲劇を招いた原因は何だったのか——。


『冬のソナタ』の舞台として知られる、韓国江原道の春川(チュンチョン)市。ドラマが放送された〇四年には、三十七万人もの日本人観光客がロケ地を訪れたという。しかしいまこの街で見かける日本人は、統一教会(世界基督教統一神霊協会)の国際合同結婚式で韓国人と結婚し、住みついている女性たち。

現在、韓国に住む日本人女性はおよそ一万八千人。そのうち約七千人が、統一教会の信者だとされる。

夫を殺害したM子 (52) も、そんな一人だった。八月二十一日午前三時ごろ、一一九番に緊急通報の電話をかけたM子は、「病気の夫の調子が悪い」と告げた。

救急隊が駆けつけると、夫の朴ジェグンさん (51) は、床に座って頭を垂れた格好で、すでに呼吸が止まっていた。運び込まれた江原大学病院では、初め病死と判断された。しかし春川警察がM子に細かく事情を聞くと、様子がおかしい。「あなたが殺したのか」と質問されてから「はい」と言ってうなずくまで、二十分の沈黙があったという。

M子は前の日の昼に殺害を思い立ち、夜になって夫の鼻とロをタオルで塞ぎ、五分ほど首を強く押した。彼女はなぜ、夫を殺さなければならなかったのか?「結婚してからずっと、貧乏や夫の飲酒、乱暴に苦しんできた」とM子は供述した。

九五年の合同結婚式に参加して以来十七年。朴さんはずっと無職で、生活は困窮。子供はいなかった。国からの基礎生活受給費約五十万ウォン(約四万円)と、M子が食堂や家政婦の仕事で一日十二時間働いて得る五十万ウォンとで、毎月の生計を立ててきた。

朴さんは十年前から腎臓病を患い、人工透析の費用七十万ウォンが月々の負担に重なった。M子は夫を日本へ連れて行き、医者に見せたこともあったという。なのに朴さんは、酒を飲んでは暴れ、家の中の物を投げたり家具を壊したり、M子に悪態もつく。その扱いは、飼っていた犬以下に感じられるほどだった。

犯行現場となったアパートの同じ棟に住む女性は、「旦那さんは仕事をせず、『病院に通ってる』と言ってた。奥さんは物静かで真面目そうな人だね。帽子をかぶって自転車で出かけるのをよく見たよ」M子はアパート近くの小さな商店をときどき訪れ、かまぼこや豆腐などの食品を、少しだけ買うことがあつた。商店主の男性が言う。

「あの夫婦が合同結婚式で結ばれたことは知っていた。奥さんは教会に通ってたが、旦那が行くのは見たことがない。いい奥さんだよ。旦那に酷使されたが、一所懸命に暮らしてた」焼酎やマッコリを買いに来る朴さんに何度も、「外国人を嫁にしたんだから、きちんと責任を負うべきだ」と忠告したという。

「でもバイクの事故でケガをしたり、うまくいかなかった。酒を止めようとしたこともあったんだ。しかし性格が弱くて、知り合いが昼間から公園に集まって飲んでると、黙って横を通り過ぎることができない。そのうち身体も顔も膨らんで、見るからに体調が悪いとわかった。もちろん本人だって気づいてただろ」朴さんの健康悪化は近所でも知られていたから、前出の女性は事件後、近所でこう話し合ったという。


▲ M子が通った春川の教会

「十七年も我慢してきたなら、もう少しだけ我慢すればよかったんだ。何もいま殺すことはなかったよ」M子が通った春川の教会M子は数カ月前から、春川の統一教会に顔を見せなくなっていた。韓国統一教会の関係者によると、「M子さんは何度も教会に相談し、窮状を訴えたが、聞き入れられなかった。そのためガッカリして、教会に出てこなくなった」また別の関係者は、「M子は三年前から鬱病になったが、通院するお金がなかった。事件の一週間ほど前、日本から家族が来て連れ戻そうとしたが、彼女は拒否した」統一教会選任の弁護士が精神鑑定を要請したため、M子は忠清南道公州市にある治療監護所へ移された。結果は軽度の適応障害。犯行時は精神的に弱っていたと認められたが、本人が治療を望まず、殺人罪で起訴。十一月九日、春川地裁で初公判が開かれた。法廷に現れたM子は、生気も表情も乏しく、聞き取れないほど小さな声で、夫を殺したことを認めた。

▲ M子と朴さんが住んでいたアパート

 

「信者になれば結婚できる」

合同結婚式は内部では「祝福」と呼ばれ、「原罪から解放され、救済が実現する唯一の方法」だと教えられている。日本人信者の場合、参加費用は「祝福献金百四十万円」+実費。統一教会にとって最大の行事であり、ほかの行事と同様の金集めイベントでもある。祝福に参加して理想の家庭を築くことは、信仰生活の最大の目標だ。その参加資格を得るため日本の信者は、正体を隠した違法伝道や霊感商法に邁進する。

しかしM子と朴さんに、統一教会は祝福をもたらさなかった。警察の取り調べで、「宗教をもっているか」と聞かれたM子は、「いまは宗教はもっていません」と答えたという。

歌手の桜田淳子らが参加して注目を浴びた九二年は、三万組。M子が参加した九五年は三十六万組と風呂敷を大きく広げたから、人数を増やすため、信者以外からも広く参加者を募った。「結婚相手がいない奴は統一教会に来い。すぐにでも結婚させてやるぞ」という文鮮明教祖の言葉が伝えられている。

九五年八月、『週刊文春』の記者だった筆者がソウルの本部教会の壁に「未婚の男女募集」という垂れ幕を見たのは、合同結婚式のわずか一週間前だ。

大田市郊外の農村では、式に参加する三十四歳の青年に取材した。

〈「入信した動機は?」と尋ねると、いともあっさりとこんな言葉が返ってきた。

「統一教の牧師に、『信者になれば結婚できる』と言われたから」〉(九五年八月三十一日号)結婚相談所まがいの勧誘によって、信仰をもたないどころか、働かず、酒を飲み、暴力を振るう、それまで嫁の来手のなかった男性が多数参加した。しかし相対者(結婚相手)は再臨のメシアである文教祖によって選ばれるから、断わる権利などなかった。文教祖には、こんな発言もある。

「祝福を受けることはできないことを思えば感謝しなければならない。だから旦那さんが目玉がなくても、鼻がなくてもそれが問題ではない」韓国に嫁ぐことは、日本人女性信者にとって大きな意味をもつ。文教祖と同じ韓国人男性との結婚は、何より名誉だ。加えて統一教会の教えでは「韓国はアダム国家、日本はエバ国家」で、エバはアダムに奉仕しなければならない。「日帝三十六年の植民地支配」に対する蹟罪も必要だ。

こうして、苦労すればするほど「蕩減(とうげん:罪の清算)」になると教え込まれた女性たちは、どんな境遇でも労苦を厭わず、良妻賢母を目指し、夫の父母に尽くそうとする。自治体や農協が選ぶ「孝婦賞」などの賞をもらった女性信者は全国で百人以上に達し、今年六月には李明博大統領から直々に表彰された信者もいる。

M子と同じ九五年の合同結婚式で韓国の農村に嫁いだ、元信者の女性が言う。

「自分が認められるのは、統一教会が認められること。そう思って、みんな必死に頑張るんです」教えの間違いに気づいて脱会したこの女性は、「今回の事件は、とても他人事とは思えません」とうつむく。

全国霊感商法対策弁護士連絡会に所属する大神周一弁護士は、同じ合同結婚式に参加した元女性信者を思い出したという。この女性が相手の韓国人男性と初めて会ったのは、式のわずか二日前。式の後には、思いがけない事実を知らされた。

「あなたの相対者は以前にも参加申し込みをしたが、重度のアルコール中毒のせいで拒否された。今回は親が多額の献金をしたおかげで、参加できたんだ」純粋な信仰を打ち砕かれたこの女性は、悩んだ末、家族の助力もあって脱会を決めた。そして、婚姻無効の確認を求めて訴訟を起こした。相手の男性が公園で横死しているのが見つかったのは、二〇〇〇年の冬の朝。裁判は翌年、勝訴が確定した。同様の婚姻無効訴訟はこれまで五十件近くあり、ほとんど原告が勝訴している。

大神弁護士が続ける。「この女性はその後、『統一教会の正体を隠した伝道は違法だ』とする訴訟の原告団にも参加し、勝訴しました。その判決文は、『文鮮明の選んだ相対者を断ると、自己や先祖の救いの道が閉ざされ、病気や怪我をしたり又は死んだりすることになるとか、死後地獄に行くことになるなどと思って苦悩し、相当の精神的苦痛を被った』、『合同結婚式への参加に向けられた各行為には、原告らの婚姻の自由を侵害する違法がある』と判示しています。統一教会の合同結婚式には、重大な問題があります」

合同結婚式が四億組も?

関西学院大学非常勤講師の中西尋子氏(宗教社会学)は、在韓の日本人信者から暮らしぶりの聞き取り調査を行なうとともに、日本語の内部機関紙『本郷人』の紙面を分析。「本郷互助会」というコーナーには、「今月の援助対象者」として、困窮する家庭の内情と援助内容が掲載されていた。

内容は主に、夫のアルコール依存症や病気、精神障害、自分や子供の健康、借金問題など。〇四年六月号には、次の記載がある。

〈夫がアルコール依存症で4、5年間仕事をしていません。本人が工場で働いていますが、月57万の給料で生活が困難です。現在、不景気のため2カ月給料が出ていません。(略) 身も心も疲れ果て、生き地獄から解放されたい心境ですが、逃げる訳にもいかないので、互助会で何か力になっていただけたらと思います。【援助内容】米20kg×6カ月、職の斡旋〉

ほかの例でも、「見舞金50万ウォン支給」「100万ウォン貸し出し」といった援助内容が記載されている。それがどれほどの助けになったかは不明だが、「M子さんと同様の境遇で苦しむ女性は、少なくないと思います。M子さんは事件では加害者ですが、合同結婚式による被害者の一人だともいえます」(中西氏)

M子は助けを求めなかったのか?日本の統一教会広報部に聞くと、〈遠慮されてか、相談や援助を求めることはありませんでした。そのため、友人たちが互助会と所属教会に働きかけ、訪問相談、食事の援助、生活費の支援などを出来うる限りの援助を行ってきました〉真面目な信仰をもつ日本人女性と、信仰をもたない韓国人男性とのマッチングは、祝福の矛盾を象徴しているのではないかと聞くと、〈統一教会の結婚がすばらしいのは、同じ価値観を共有し、夫婦が互いに神さまを中心に「ために生きる」理想的夫婦になろう、理想的家庭を築こうと支え合い、協力し合っていくことです〉

しかし〈同じ価値観を共有し〉ていないM子と朴さんのような夫婦を大量生産すれば、問題が生じるのは当然。「本郷互助会」のような組織が必要になることが、何よりの証拠だ。

合同結婚式は九五年の三十六万組のあと、四千万組、三億六千万組、四億組と発表された。その後も、ほぼ毎年行なわれている。

何億もの参加者を、どうやって集めたのか?統一教会はダミー団体を作って「純潔教育キャンペーン」という運動を行ない、「純潔キャンディー」と称する飴を作った。韓国では幼稚園や小中学校へ行ってタダで配り、日本では街頭で配った。そして、受け取った人を参加者としてカウントしていたのだから呆れる。

数々の問題を何も解決することなく、文鮮明教祖は九月三日に死去した。九十二歳だった。日本人信者三万二千人に対しては、十二万円の特別献金を持って弔問するよう指示が出た。これだけで三十八億円。教祖亡きあとも、金集め第一の体質は何も変わらない。


❖ 補足説明の追加

1月29日の春川地裁での判決公判に於ける裁判長の発言について、傍聴した朴スンミン氏による翻訳を以下に引用する。

(朴スンミン氏提供)

【統一教会日本人妻による韓国人夫殺害事件 判決 裁判長発言の翻訳 2013年1月29日】

2013年1月29日

2012高合238号、ボクミユキ被告!

(裁判長)ボクミユキ被告(人)!私のいうことを聞き取れるでしょう?これまでの裁判では、通訳がいましたが、今日の宣告は、通訳が法廷にまだ(位置して)いなくて、私がゆっくりお話をいたします。
被告は日本国籍だが、韓国語を比較的、ある程度わかるので(通訳なしに)このまま宣告をするようにします。被告に対する殺人の公訴事実についてみると、この裁判所が適法に採択して調査した証拠によると、被告に対する公訴事実を有罪と認めるに足りるでしょう。

「(裁判長が名前を呼ぶ)被告!ボクミユキ被告!証拠によれば、被告人の殺人罪を有罪と認めることができます。わかりますか?そのような有罪と認めた殺人罪について、被告の量刑理由を見てみます(説明します)。

この事件の犯行は慢性腎不全と脳出血の後遺症などで健康が良くなくて、抵抗できない状態にあった被害者(被告人の夫です)が睡眠中に犯した点だけでなく、配偶者として保護し、扶養しなければならない義務のある夫を被告が殺害した点で、その内容に照らして罪質と犯情が非常に重いこと、ボクミユキ被告は被害者を殺害した後、50分も経って、112(警察、犯罪申告など)ではなく119(救急車)に申告をし、病院に到着したあとにも、医師に被害者が数日間透析を受けられず、病状が悪化して死亡したと説明するなど、犯行後の態度も悪い点、普段被害者が被告に暴言や悪口をしたことを除けば、他に暴力行為や過酷行為など、家庭内暴力を行したと見るのは難しいこと、被告人としては、被告が置かれた状況を抜け出すために殺人という極端な選択の以外にも(他にも)、他の方法があったと思われる点、そして被害者の父親が被告人に厳しい処罰を望んでいることなどを考慮すると、被告人に対する重刑の宣告が避けられないと言えます。

ただし、被告は、外国人であるにも統一教会を通じて出会った被害者と結婚して生活しながら、慢性腎不全を患っている被害者を扶養してきたこと、そして、被告人が適応障害と長期持続性のうつ反応に起因する心身微弱状態で、この事件の犯行を犯したと思われる点、そして、被告が刑事処罰を受けた前歴がない初犯である点などの有利な情状酌量をし、最高裁判所の量刑基準を適用して次のように型を決めて判決を宣告します。

被告を懲役9年に処する。押収されたタオル1つを没収する。ボクミユキ被告に懲役9年の実刑と没収の刑を宣告しています。「ボクみゆき被告!宣告された刑を(について)お解かりですか?」懲役9年を宣告しました。この判決に不服があれば(不服すると)今日から7日間以内に、一週間以内に、ソウル高等裁判所春川裁判所に控訴を提起することができ、控訴状(不服申し立て)はこの春川地方裁判所に教導所長(刑務所長)を介して提出すればいいです。

「ボクミユキ被告!もし宣告結果について誤ってお聞きになったり、または、、理解できなかったり、聞き取れなかった控訴部分があったり、もっと説明が必要な部分がありますか?」
(みゆき氏が裁判長に質問をしたが、声が小さくてよく聞こえなかった。近くにいる検事がみゆき氏のいうことを聞いて、裁判長に伝えた。みゆき氏が判決文の内容を書面で見てみたいと要求したようだった)
「(裁判長)あ!はい、この判決文は私達がお送りします。拘束(逮捕)被告であるので私達が今日宣告した内容を含めて、被告に対する判断部分をすべて詳細に記載して判決文をお送りいたしますので受けることができます。「その他にもっとお話したいことはありませんか?」、はい、宣告を終わります。

【統一教会日本人妻による韓国人夫殺害事件 判決 裁判長発言の翻訳 2013年1月29日】


❖ 補足説明の追加

◆「特殊な例外的事例」ではない

この事件は『崇高な理念に基づいて行われたプロジェクトの数多い成功例のうち、個人的事情から不幸にして起きてしまったレアケースであり、飽くまで例外』などというものではない

組織的に日本人女性に目的と正体を偽って近付き、教化した上で異国へ送り込み人格破綻者や生活無能力者に侍らせ奴隷的な扱いをさせてきたカルト教団の悪質且つ卑劣な人権侵害・人権蹂躙の事例の最たるものである。

障害や精神疾患の有無も記入させられる

これはある意味、起こるべくして起こった事件ともいえるアメリカで花売りに従事させられ殺害されたり、訪問販売中に殺害された日本人信者もいる。

国内に於いても、珍味売りマイクロ隊の運転手が不眠不休で酷使された挙句に事故を起こし、複数の信者が死亡したケースもある。

他にも様々なケースが報告されており、統一教会自体の問題で死亡した信者は少なくない。

これらは統一教会自体の人権蹂躙システム自体が直接の原因である渡韓した7千人とも云われる日本人妻は、各々自らが勧んで韓国に渡ったわけではない本人たちはそう思い込まされているが、カルトの教化によって自由な意思決定を侵害されているのだ

韓国国内には似たような境遇で苦しむ日本人妻が多数在ると指摘されている。

現役の古参信者でさえ「あの時の韓日祝福は酷過ぎた」と憤慨するほどだ。

但し、その憤慨を自らが属する教団の存在やシステム自体に対する刃として向けることができないところに、飼い馴らされた信者の悲哀さも垣間見えたことも事実だ。

http://dailycult.blogspot.jp/2013/01/9.html


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