本の紹介

六マリアの悲劇真のサタンは、文鮮明だ!!

著者紹介

正華 (パク チョンファ)

1913年北朝鮮生まれ。 満州 新京の専門学校卒業。北朝鮮の軍人時代、部下の犯罪貴任を問われて刑務所ヘ。獄中で文鮮明と出会い、死ぬまで一緒と男同士の誓いで弟子になる。朝鮮戦争の戦火に追われて、ともに南の韓国ヘ。統一協会設立前後、文鮮明の片腕として活躍。女性関係、経済問題の裏を知ぎた男として、のちに文鮮明の卑劣な裏切リに遭う。統一協会創始者六人の一人。韓国・仁川市在住。


おことわり〉

 朴正華氏の原稿は二百字詰で約六千枚という膨大なもの。文鮮明氏との会話や食事の内容まで書きとめており、草創期の統一教会を知る貴重な記録だが、一般読者向けに大幅にカットした。

 原稿はすべて実名の記述だが、文鮮明氏と特別深い関係にあった女性信者については、家族系累に配慮して仮名(各章の始めに*印)とし、登場人物の敬称は原則として略した。

                    恒友出版・編集部


279頁

序論

私は一九八五年からこの原稿を書き始めた。

『野録・世界基督教統一神霊協会史』と表題も決めた。日本流に言えばさしづめ『ドキュメント・統一教会史』といったところである。

 目的は、文鮮明と十三年間にわたって行動をともにした記録を克明に書き遺し、その虚像を多くの人に知ってもらうためだった。再臨メシアを自称する文鮮明のおよそ宗教人にあるまじき行為を、統一教会創設の前後、私は最もよく知り得る立場にあった。

とりわけ、身辺に多くの女性を侍らせながら、復帰原理を名目に人妻であれ学生であれ、片っ端からセックスを行ない、妊娠させた娘を日本に密航させて出産させた事実など、人間として許せることではなかった。

 しかし当時の私は文鮮明の直弟子であり、結果的に彼女たちが幸福になってくれればと、原理の教えを信じて見守るよりなかった。

 文鮮明の悪行を知り過ぎた私は、一九六二年、彼の卑劣な裏切りで縁を切り脱会した。そしてほぼ二十年後、今や大幹部となった当時の同僚や部下に請われ、本部教会に足を運ぶことになった。

 教会側の期待は、私を貴重な昔の生き証人として利用すること。ただし一定の枠内のみについて信者の前で語らせることだった(獄中から南下するときの文鮮明の苦労話など)。私にも密かな目的があった。統一教会のその後と、苦楽をともにした大勢の信者たちの消息を知ることである。そして知り得たのが、文中で述べてきたとおりの悲劇ばかりだった。

 原理を信じ文鮮明に従えば幸福になるはずの女性食口たちは、明日の糧にも困るほど追いつめられ、生きた屍のような余生を送っている。文鮮明のために哀れな枯木となったのである。

 私が原稿に着手した動機はそこにあり、彼女たちもまた一日も早い出版を願ってくれた。私が知る若い頃の彼女たちは皆、豊かな財産家で輝いていた。だからこそ文鮮明につけこまれたのだが、貞操を奪われ、財産を失い、家族と離散し、子どもたちにも疎まれている現在の彼女たちには、独りで淋しい老後を送る以外に道はない。

 その原因と過程をよく知っている私は、事実を公表する義務と責任を痛感させられた。

 だが、一方で不安と懸念もあった。軍事政権という韓国の政情である。統一協会と裏で通じた陸軍の一部権力が、まともに出版を許すはずがあるまい。

 本書に「推薦の辞」をいただいた卓明煥さんが実例である。統一教会批判を続けてきた卓さんはある日、KCIAに拉致監禁され、生涯消えることのない大きな傷跡を背中に負わされた。卓さんはそれでも引かず頑張り続けてきたのだが、問題は私の場合である。もとより権力の弾圧や暴力は厭わないが、病み上がりで高齢(脳梗塞・現在八十一歳)の身、どこまで闘えるかだった。遺書がわりに生命がけで書くのだから、今さら生命も惜しくはないが、出版を実現する前に殺されたのでは目的が果たせない。

 そんなわけで、ぼつぼつ原稿を書き足しながら、私は時期の到来を待ち望んでいた。

 時は流れ、真面目なクリスチャンの長老として人望ある、金泳三大統領が誕生した。金大統領の英断で今、韓国は目を見はるスピードで政界はもちろん、各界各層の浄化が進んでいる。 そんな折もおり、遠く仁川の拙宅を訪れてくれた恒友出版の斉藤繁人社長と出会い、心から信じて本書の出版を託すことになった。長い年月の念願が叶い、私はほんとうに喜んでいる。

 出版に当たっては、六千枚にのぼる韓国語原稿の整理分類・翻訳・執筆・編集と大変な作業が続いたが、予想より遙かに早く進行したことに驚き感謝している。

 紙上を借りて、改めてご協力を頂いた韓国と日本の同士たち、翻訳の金基銑さん、釜山から日本の大学へ留学している金芝英さん、恒友出版の木下さんほかのスタッフの皆さんに衷心よりお礼を申しあげたい。

 私は本書の印税を、文鮮明の犠牲となって老後を苦しむ人たちの救済にお役にたてばと、寄附するつもりである。

 最後に、本当の幸福をつかめないまま物故された、「文鮮明と統一協会の犠牲者」たちの霊に、深い祈りを捧げたい。

一九九三年十月吉日

朴 正華


1頁

推薦の辞

▲ 卓 明煥(タン ミョンファン)   国際宗教問題研究所所長     ソウル 在住


真実と真理には公訴時効がない

一九八〇年初め頃のことだ。

軍事独裁政権治下で反共を教理として打ち出し、政治権力と密着し寄生してきた統一教(注=韓国では統一教会のことをこういう)の脅迫により、不本意ながら「統一教に対する謝罪文問題」を経験した後、韓国キリスト教界から見向きもされず意気消沈していたころだ。

統一教教主・文鮮明(ムンソンミョン)の草創期の原理草稿親筆を複写したものが送られてきたので、月刊『現代宗教』に掲載したことがある。その後、手紙で連絡を取りその張本人に会ったが、それがすなわち朴正華氏(パク チョンファ)だった。彼は自分が文鮮明と一緒だった草創期の経験を話しながら、「死ぬ前に、すべてのことを明らかにさせたい」と言った。

その時まで彼は一時期、文教主の背信に幻滅を感じ、統一教を離れていたそうだ。そして今は、統一教側に利用価値があったのか、教会に出て来いという強要に勝てなくて、仕方なく再び統一教に行くようになってはいるが、いつかは真実を明らかにさせると約束し、別れた。

その後十数年の歳月が過ぎ、彼についての記憶も頭から消え去ろうとしていた矢先の、九三年初夏の頃、彼がある友人と一緒に訪ねて来た。そのとき彼は、分厚い原稿包みを持って来た。

「歳も八十一になっていつ死ぬかわからないから、自分が死ぬ前にぜひ事実を残しておかなければ、とずっと考えていました。これは自分が、この世で最後に遺書を書く心情で書きました」

朴氏は悲壮な覚悟で、私に話した。

私は彼が書いた原稿を時間をかけて読みながら、文教主に対する怒りと憎悪が、心の底からこみあげてくるのを抑えることができなかった。

今まで話で聞いていた混淫セックスの実際を、そのまま赤裸々に暴いていたからだった。しかもそれは、朴氏が文教主に影のようについてまわりながら、直接見て経験した、生々しい体験の記述だった。朴氏は文教主の督励により、自分も実際に文教主と同じ部屋の目の前で、いわゆる復帰歴史というセックスをしたと打ち明けている。自分の恥ずかしい部分まで告白しながら、文教主の復帰原理の実態を暴露したことは、たいヘんな勇気である。

この本が出版されれば、文教主の道徳性と統一教の宗教的基盤に大きな打撃を与えるだろう。たとえ法的に処罰される公訴時効は過ぎていようとも、良心の公訴時効は永遠に過ぎない。真理と真実には公訴時効がないからだ。

結局、統一教の「原理」は、文教主のセックス教義の上に確立されたものだから、セックス教義が崩れれば、連鎖的に他の教義も崩れることは明らかである。

この原稿を監修する間、韓国では、エセ宗教集団とかかわるキリスト教の不純勢力が『朝鮮日報』に広告を出し、すでに公訴時効の過ぎている私の「統一教関連政治資金授受説」(一九八七年度大統領選挙に関すること)を持ち出して、私を処罰するように騒ぎたてた。しかし、私は泰然と自分のやるベき仕事をした。なぜならば罪がないからだ。罪を犯した者は時間が過ぎてもその責任を負わなければならないが、罪のない者は、いくら誹謗中傷をされようとも心配にはならない。

この朴氏の手記のとおりなら、文教主は数多くの女性たちを泣かせ、彼女たちから財産を奪って教会の基盤を築いたのだから、結果的に統一教の蓄財行為は不道徳な行為でしかなかった、という結論になる。

文鮮明教主の草創期にあった不道徳な行為は、こうして四十数年が過ぎた今、健全なる社会の裁きを受けることとなった。

この本が出版されたあとで法的な責任を問うなら、自然人文鮮明が自然人朴正華 を相手に告訴するしか方法はない。そのとき、法廷ですべての事実が明らかにされるだろう。もし文教主が沈黙を続けるならば、本書のすべての事実を暗黙のうちに認めたことになる。そして、自分が犯した罪はかならず裁かれるという当たり前の真理を、私たちは改めて体得することになるだろう。

私は文教主を相手に本年七月二十日付けで、「一九七八年九月八日、韓国の日刊新聞に発表された統一教に対する私の謝罪文は、統一教の強制と脅迫によりなされたものであるゆえ無効で、これ以上悪用するな」という内容証明を文鮮明教主に送った。

私自身もこれまで、統一教のためにどれほど苦しい試練を経験してきたかということが、読者に理解していただければ幸いである。

終わりにもう一度、これを書いた朴正華氏の勇気と決断に対し賛辞を送り、一人でも多くの人がこの本をとおして統一教教主・文鮮明の、隠された素顔と正体を知るようになることを念じ、推薦の辞とする。

一九九三年 八月二十六日 

 

編集部注=卓明煥氏は比較宗教学の第一人者で、韓国の新興宗教を研究。特に統一教会などキリスト教異端の内部実態に詳しい。KCIAの拷問、車の爆破テロなどで重傷を負う迫害にも拘らず、正論を貫き通している。


28年間、統一教会やKCIAと戦った卓明煥の証言


❖ 補足説明の追加

1993年
11月4日 草創期からの文鮮明の弟子、朴正華(パク・チョンファ)が恒友出版より『六マリアの悲劇―真のサタンは、文鮮明だ!!』を刊行。文鮮明が自らの教えを利用して、多くの女性信者と性的関係を持ったことを告発する内容。

1994年
1月21日 文鮮明が統一教会の反対運動をしていた卓明煥(タン・ミョンファン)と文鮮明の指示を無視して政党をつくろうとした人物が同年2月18日という同じ日に死んだ(卓は新興宗教団体の信者に殺害された)ことに言及し、教団に反対する者はみな、霊界に連れて行かれるという旨の発言をする。

46 a b  卓明煥「統一教、その実相」

https://ja.wikipedia.org/wiki/世界基督教統一神霊協会の年表


❖ 補足説明の追加

仮名

崔聖模 (仮名 李淳模) –  崔淳実と催淳華のお父様です。
催淳華 / 崔淳花 (仮名 李聖花 / 李聖礼) –  サム·パークのお母様です。
催淳華 ;二つ目の 仮名 金桂順 :  初版103頁
姜賢実 (仮名 姜玉実) – 釜山 で、統一教会に入信しました。
金東淑 (仮名 金貞淑?) –  文聖進の奥様です。 123頁
金明熙 (仮名 金永熙) –  文喜進 のお母様です。
金順哲 (仮名 李順哲) ;一人の ‘六マリア、
李得三 (仮名 辛貞順) –  崔聖模の奥様です。 崔淳実のお母様です。
.     催淳華と三人の息子です。
呉昇澤 (仮名 呉昇滓) は延世大学の学生でした。文鮮明は8月1955年に彼を金明熙と東京に行かせました。呉昇澤は韓国に行って、金明熙と文喜進のために文鮮明にお金をお願いしました。文鮮明は断りましたので、呉昇澤が統一教会から脱会しました。

呉永春 (仮名 呉明春) – 1952年に釜山で、統一教会に入信しました。
玉世賢 (仮名 玉相賢) – 1946年に平壤で、統一教会に入信しました。
朴貞淑 (仮名 林英信) ;一人の ‘六マリア、その後、彼女は 崔聖模の奥様になりました。
禹夏変 (우하섭夏変) –  玉世賢の旦那様です。
.     禹貞愛と禹貞順のお父様です。
禹貞愛 (仮名 萬貞愛) –  玉世賢の娘です。
禹貞順 (仮名 萬貞順) –  玉世賢の娘です。
梁尹永 (仮名 梁文永) –  梨花女子大學校の教授です。


第一章   獄中で出会った男