TV番組「60分」で洪蘭淑インタビュー


▲ マイク・ウォレス(Mike Wallace)


1995年8月、洪蘭淑は ‘East Garden’ 「東の園」と呼ばれる文鮮明の屋敷を去った。

1997年12月、洪蘭淑の文孝進との離婚請求が認められ、二人の間に生まれた5人の子どもたちの親権が彼女に与えられた。

動画:マイク・ウォレスによる洪蘭淑のインタビュー CBSテレビ「60分」シリーズ
1998年9月13日、米CBSテレビの「60分」シリーズの一部としてマイク・ウォレスと洪蘭淑の対話を紹介。その対話の中で彼女は、文鮮明の長男・文孝進との14年間の結婚生活について語る。また、文鮮明と絶縁状態にある娘・文恩進は公式の場では口を閉ざしていたが、今回その沈黙を破り、破綻していた文家の実態を明かし、洪蘭淑の話を事実に正確だとした。また彼女について「大変正直だ」とコメントした。加えて、ドナ・オルメ・コリンズもインタビューに参加した。

1998年9月21日、文は ‘East Garden’ 「東の園」の信者たちに釈明したが、多くの信者は文の説明が不十分だと感じた。数人の信者は統一教会を脱会した。



▲ TV番組「60分」でマイク·ウォレスに話しかける洪蘭淑

司会者:マイク・ウォレス(Mike Wallace):もしも、韓国人の15歳の少女が、自分がメシアと信じた人の義理の娘に選ばれたとすれば、天にも昇る思いでしょう。残念ながら文鮮明師の家庭に嫁いだ洪蘭淑の生活はむしろ生き地獄のようなものでした。文師と文の子供達の内何人かは、統一協会の教えを自ら守っていないと、洪蘭淑女史と文師の娘が証言しています。統一協会では、婚外交渉と飲酒、麻薬を完全に禁止しています。しかし、統一協会信者達の間で、王子と呼ばれている文師の長男文孝進と結婚した洪蘭淑女史が、目の当たりにした実態は、それとは全く異なるものでした。


▲ 1982年1月7日、結婚式当日の文孝進と洪蘭淑。


洪蘭淑 :私の元夫は、まるで王子でした。そして、肉体的、精神的な虐待を繰り返し、お酒と麻薬に溺れていました。
(映像:孝進が信者に説教を行う様子)

文孝進:詰る所、全ては持ちつ持たれつ、じゃないのかな?
マイク・ウォレス :このまとまりがなく、怒り口調の、無作法な説教シーンも麻薬付け状態で行われたと洪蘭淑は言います。

文孝進:私は壇上で糞野郎共に審判されているわけだ。一体どんな方法で私を審判しようっていうんだ?ああ?


▲ アメリカで信者に説教をする文孝進


マイク・ウォレス :文孝進と結婚する前は面識すらなかった蘭淑女史は、文孝進が麻薬中毒者だとは夢にも思わなかったのです。文鮮明師一家は、罪を一切犯したことのない人々だと学びながら育った女性でした。
洪蘭淑 :私は幼い頃から文師の家族写真を見て常に憧れながら成長し、笑顔に満ちた幸せそうな家族の写真を眺めながら、正に理想的な家庭だと思ってきました。

マイク・ウォレス :文師は御自分の家庭を真の家庭とか完成された家庭と言っていますね。
洪蘭淑 :文師は、この世の中で唯一自分こそが完全無欠な人間だと言っています。
だから、文師の選んだ奥さんも完全無欠な人間だという理屈です。したがって、完璧な男女の間に産まれたお子さん達も完全無欠な人間だということを話しています。

マイク・ウォレス :昨年6月にニューヨークでも行われましたが、1000組もの合同結婚式で文鮮明師は、セレモニーの際、
自分を手本にして道徳的な生活を送るように説教しますね。教会によると、文師は写真と略歴を見てそれぞれのカップルを組み合わせると言います。そして新婚カップルも家庭を文師の家庭のように徳の高いものにしたい、と語ります。
(合同結婚に参加したカップルへ司会者からのインタビュー)
新郎 :文師は真の親の手本を見せてくれました。今日、健全な家庭が何より切実に要求されている時代に文師はそれを説くだけでなく自分で実践していらっしゃいます。
花嫁 :文師の家庭は真の家庭です。子供は皆良い子に育ちます。
マイク・ウォレス:お子さん達は誰も罪を犯さなかったのですか?
花嫁 :はい、全く。
マイク・ウォレス:麻薬もしないで?
花嫁 :勿論です。
マイク・ウォレス:お酒も?
花嫁:全くありません。
洪蘭淑 :自分(文師)が完璧な立場だから完璧な家庭を作ることができるという教理は、
そのお子さん達を見ればどれ程虚像かが分かります。
マイク・ウォレス :文夫妻には、13人のお子さんが産まれましたが、
文師と親しい人たちの話では、お子さん達の内で何人かは統一協会の教理に反してお酒を飲んだり、煙草を吸ったり、麻薬やったりしていると話しています。そして、洪蘭淑はその中で一番最悪なのが長男の孝進だということをすぐに知りました。
洪蘭淑、文孝進夫婦は、ニューヨーク市の北の郊外の文師の豪邸で暮らしました。
文夫妻は、長男の麻薬の問題を知りながらも、甘やかすことをやめず、多くのお金を長男へ与え続けたと言っています。
洪蘭淑 :孝進がお金が必要だと要求すれば、文夫妻は1千から5万ドルか、もう少し与えました。
マイク・ウォレス:1千から5万ドルも?
洪蘭淑 :はい。孝進が何を要求するかとご夫妻の気分によって与える金額は変わります。

マイク・ウォレス:その多額の現金の出所はどこですか?
洪蘭淑 :主に日本から送られて来るようでした。
日本統一協会のリーダー達が現金を持って来て、文夫妻へ直接手渡すのです。
マイク・ウォレス :文孝進は、教会の寄付金をどのように使ったんでしょうか?


▲ ニューヨーク州の近くにある『東の園』と呼ばれる文鮮明の邸宅(18エーカー)。1973年に566,150ドルで購入された。


▲ 文鮮明が2400万ドルの費用を投じて『東の園』敷地内に建てたカンファレンスセンター


洪蘭淑 :コカイン、パーティー、女遊び、バー…. 人間の快楽を楽しむ場所全てでお金を使いました。
マイク・ウォレス :その遊びの中には愛人も含まれていたようですね。孝進は、自分もお父さんのように婚外情事を楽しむ資格があると主張したし、
洪蘭淑女史によると、文師も洪蘭淑に婚外情事をしたことがあることを認めたといいます。
しかし、文師はこれは神が求めたことだと主張したそうです。
洪蘭淑 :神の摂理だと、私に直接言いました。
マイク・ウォレス :神の摂理、ですか?
洪蘭淑 :はい。
マイク・ウォレス :それはどういう意味ですか?
洪蘭淑 :すなわち、神から与えられた使命だから文師は行わねばならないということです。
神の摂理だから不倫、婚外交渉をするしかないということです。
文師は、必ず遂行しなければならない神に託された任務だと言っていました。

マイク・ウォレス :勿論一般信徒達へは、文師はこのように伝えてはいません。
寧ろ姦通は重大な罪であると文師は、信徒の前では説教して教えています。
洪蘭淑 :統一信者にとっては、姦通が一番重罪と認識されています。
姦通をすれば地獄の炎で永遠に苦痛を受けると教えられているのです。
これが最悪の罪だとされているのです。しかし、文夫妻は長男が姦通したことが分かっていながら放って置いたのです。


▲ 二丁の銃とナイフと共に写る文考進。文鮮明はライフルを手にしている。洪蘭淑によると、文考進は60丁程の銃のコレクションを所有しており、そのうちいくつかは二人の寝室に保管していたという。彼女はこれらを怖がっていた。
文考進は韓鶴子に与えられた金を、「子供の将来のためにとっておくはずが、それを父親のための30,000ドルの金メッキの銃と自分と兄弟のバイク購入に使った」…「彼は私たちの寝室に保管してある銃のケースを開いては高出力ライフルのうちの一つをなでる。『これを使って俺がどんなことをできるか分かるか?』と私に問いかける。彼は真の父母様からの贈り物である機関銃もベッド下に保管していた。」 ( 『月たちの影で一私が過ごした牧師文鮮明一家との日々』英語版、P.166、P.182)


マイク・ウォレス :しかし、洪蘭淑女史にとって、姦通よりも酷かったのは暴力だったそうです。
ある晩、文孝進は、五番目の子供を姙娠中だった彼女を酷く殴ったといいます。
洪蘭淑 :その日、いつものように、主人はコカインで大分酔っていました。
頭は警鐘をならしていましたが、私は「話し合いがしたい」と孝進に言ってしまいました。「こんな状態では生きていけない」と言って、残りのコカインを
トイレに流そうとしました。すると、孝進は私を殴り始めて、私は目に痣ができ、鼻血を出しました。しかし、一番恐ろしかったことは、殺されるかもしれないと思ったことです…お腹の中の…
マイク・ウォレス :赤ん坊を…
洪蘭淑 :はい。当時私は妊娠7ヶ月でお腹が大きく膨らんていたんです。
孝進は何度も「赤ん坊を殺してしまう、赤ん坊を殺してしまう」と言いました。
それが一番恐ろしかったです。彼が私を殴り、それでお腹の中の赤んぼうに間違いが起こるかもしれないと。

マイク・ウォレス :文鮮明師は、蘭淑が夫である長男の孝進がに殴られたというる事実を知らせる度毎に、
蘭淑さんを叱咤しましたね。

洪蘭淑 :孝進がそのように振るまうのは私が孝進の良い理想の妻ではないになれない所為だと言いました。
そして、私が文家の一員としてふさわしくない、それもまた運命だった、と…

マイク・ウォレス :誰がそう話したのですか?義母ですか?
洪蘭淑 :舅様と姑様お二人ともそのように言いました。我慢して暮すことが運命だったと。

文恩進 ( 文ウンジン ) :どこかで聞いたような言葉ですね。
マイク・ウォレス:驚くことに、洪蘭淑女史を庇うために出向いてきたのは、文師の娘、文恩進さんです。ウンジンさんは、文師が自分にも同じ事を言ったと言います。
マイク・ウォレス:ご主人に殴られたんですか?

▲文恩進


文恩進:はい。
マイク・ウォレス:ご両親に申し上げましたか?
文恩進:はい。
マイク・ウォレス:それで…?
文恩進:私のせいだと言われました。
マイク・ウォレス:ウンジンさんは両親との縁を切っていますが、自分の親を表立って批判したことは、今回が初めてです。ウンジンさんと彼女の親しい友人、ジェニー・ホナードさんは、公の場に出ることで、他の人がカルト宗教に入信しないよう促したいと話しています。ウンジンさんは、公式的には言いませんが、文鮮明師をメシアだと思わないとはっきりと言いました。公式的には、このように話しています。
文恩進:文鮮明は、ただ私のお父さんだというだけです。それだけで十分な説明になります。
マイク・ウォレス:文家の一員でありながら、文師を崇拝せず、統一協会を信じないということですね。
文恩進:私は神様を信じますが、今はどの宗教にも属したいと思いません。
マイク・ウォレス:洪蘭淑女史は正直だと思いますか?
文恩進:はい、大変正直だと思います。
マイク・ウォレス:洪蘭淑女史を信じて尊敬しますか?
文恩進:はい、私が大変尊敬している人です。
マイク・ウォレス:バーナードカレッジで芸術史を専攻した洪蘭淑女史は、文家に関して、完全無欠ではないことに気づきましたが、それなりに哲学的な解釈をしようと試みました。
マイク・ウォレス:あなたによると、文家は…
洪蘭淑 :誰もが完璧な人間ではなく普通の人々です。どの家庭にも問題はあるもので、ただ文家は平凡な中流家庭より、多少問題を抱えているだけです。
マイク・ウォレス:お金も多く所有しているので、それも問題が起こる原因ではないでしょうか。
洪蘭淑 :それも一理あります。

マイク・ウォレス:統一協会側は、文師の財産規模や所有しているビジネスに関して一切口を閉ざしていますが、現在までに、数千幾億ドルものお金を集めたとされています。
マイク・ウォレス:今は統一協会を脱会したドナ・オルメ・コリンズさんは統一教会初の西洋系の子供でした。彼女のご両親がイギリスに統一協会を建て、彼女は生まれた時から教会の一員とされたからです。

Donna Orme Collins ドナ・オルメ・コリンズ


ドナ・オルメ・コリンズ:私は文師をメシアだと信じて育ちましたが、今では信じるなんて想像すらできません。
マイク・ウォレス: 西洋からのお気に入りとして、文師の寵愛を受けたドナ・オルメ・コリンズさんは、文家の人々をよく知っています。
ドナ・オルメ・コリンズ:私は一般信徒達よりも、親しくしていたので、脱会したんだと思います。文師の教理と実生活にあまりにも差があり、かけ離れているのを目撃したんですよ。

マイク・ウォレス:ドナさんと彼女のご両親を統一協会から去るようにした決定的な原因は、文家の秘密を新たに知ったことだといいます。すなわち、文師には少なくとも1人私生児がいるという事実でした。文師の娘もこの事実を確認してくれましたね。
文恩進:私も知っています。
マイク・ウォレス:会ったことはありますか?
文恩進:はい。その子(私生児の子)の名前はサミーです。

サム・パーク とその母・催淳華。催淳華は米国では「アニー・チョイ」として知られている。後ろの壁にはサムの父親の写真が見える。この頃にミーは訪ねに来た優しいおばさんが実は実母であると知った。


マイク・ウォレス :文恩進さんは、統一協会系書誌を飾る仲睦まじい文家の写真は皆偽りなのが事実で、文師は、お子さん達と共に時間を過ごすことが殆ど無いと言います。子供を可愛がったことはなく、また、文師は幼い5人のお子さん達とは言葉も通じないと言います。

マイク・ウォレス:その幼いお子さん達は韓国語を話せないのですか?
洪蘭淑 :殆ど話せません。

マイク・ウォレス:そして父である文師は英語があまり話せない。
洪蘭淑 :はい、そうです。

マイク・ウォレス:それなら、幼いお子さん達は父親と話せないということですね。
洪蘭淑 :そうです。意思疎通が出来ませんから。
ドナ・オルメ・コリンズ :その事を、私も文師の娘から聞いています。しかし、年上のお子さん達との対話ですら、可愛がるというような感じではありませんでした。

マイク・ウォレス:こんなに事実を暴露して後で、仕返しに遭うか心配ではないですか?
ドナ・オルメ・コリンズ :はい。本当はそれが怖くて長い間口を噤んでいたんです。しかし、明らかにする方が、寧ろ安全で、何より洪蘭淑さんを応援したいと思いました。文師と統一協会の真実が明かされることは素晴らしいことだと思うからです。

マイク・ウォレス:日増しに暴力が過激になる夫をみて、子供達にも手を出すのではと怖くなった洪蘭淑さんは、3年前のある夜、ご主人が数時間に渡って吸っていた麻薬に酔って夫婦の寝室にこもっている間に、五人のお子さん達をミニバンに乗せて毛布を被せて、文師の豪邸を逃げ出したんですね。それきり帰ることもなく。


マイク・ウォレス:現在マサチューセッツ州レキシントンの素朴な家で、プールやボーリング場もなく…
洪蘭淑 :ベビーシッターも、運転手も、料理人もいない。
マイク・ウォレス:料理人もですか?
洪蘭淑 :はい、いません。私が料理人です。新たに学ばなければならなかったんです。

マイク・ウォレス:お子さん達は新しい生活に馴染みましたか?
洪蘭淑 :はい。とても誇りに思っています。私達は皆、新しい暮らしに慣れなければなりませんでした。

マイク・ウォレス:しかし、文師からの仕返しに対する恐ろしさも抱えながら暮さなければならなかったのですね。
洪蘭淑 :それでもこれからは私の人生を操ることはできません。なにか仕打ちを受けるかもしれない恐ろしさを抱えて暮さなければないませんが、それは仕方がありません。


▲ 離婚裁判所での文孝進。洪蘭淑の方を向く。


マイク・ウォレス:蘭淑さんは裁判所にて夫について私たちに話した内容と同様のことを話し、離婚を成立させ現金で60万ドルの慰謝料を受け取りました。そして、お子さんの養育費として毎月9千ドルを受け取っています。現在、蘭淑さんは32歳。家庭内暴力の被害女性達を助けるセンターで働きながら、先日『月たちの影で一私が過ごした牧師文鮮明一家との日々』という著書を出版しました。
マイク・ウォレス:どうして、この事実を暴露することにしたのですか?
洪蘭淑 :私が騙されたという気がしているからです。
マイク・ウォレス:騙された?
洪蘭淑 :はい。詐欺に遭ったような気持ちです。
洪蘭淑 :私は、神様の為に働きたいというあまりにも純粋な心を持っていました。このような理想を掲げる信者は他にも多くいると思います。そういう人が統一協会のような組織の犠牲になりやすいですね。私もその中の1人だったのです。

マイク・ウォレス: 洪蘭淑女史は、相変らず神様を信じていますが、文師を見る目は変わったと言ってましたね。
洪蘭淑 :文師は決してメシアではないという結論に逹しました。
マイク・ウォレス:それなら、偽メシアですね?
洪蘭淑 :詐欺師です。
マイク・ウォレス:文師は詐欺師ということですか。
洪蘭淑 :これは、文師とその家族と15年間生活して得た私の結論です。

マイク・ウォレス:文鮮明師は、インタビューは拒否しましたが、このような短い書信を送ってきました。‘私たちは、うちの息子の悲劇的かつ個人的な問題で引き起された蘭淑の苦痛を可哀そうに思う。親として強い責任を感じています。’(文鮮明師より)


現在、洪蘭淑女史はロースクールに学び、彼女の前夫は再婚をしました。
やはり文師によって選定された文孝進の新しい奥さんは、ご主人より10歳も若くて
彼女も文家の実体がよく分かっていない立場だと洪蘭淑女史は言います。


ビデオ『 わが父 文鮮明の正体 』 日本語版


English transcript of the ‘60 minutes’ interview



▲ 洪蘭淑


レイチェル・コーン (Rachael Kohn) によるなんすくのインタビュー
1999年1月、レイチェル・コーンはなんすくのインタビューを行った。2006年2月5日インタビューの一部がABCオーストラリアのコーンによりラジオ番組「The Spirit of Things」において放送された。

Download the audio here:
http://www.abc.net.au/radionational/programs/spiritofthings/free-yourself-from-mind-control/3305644

See English complete transcript here:
http://www.abc.net.au/radionational/programs/spiritofthings/free-yourself-from-mind-control/3305644#transcript

レイチェル・コーン:これから流すのが、文家をよく知っていた人のインタビューの一部。六年ほど前、文鮮明の義理の娘である洪蘭淑をインタビューしました。彼女は子供の時に文の息子と結婚しました。14年間、ほとんど統一教会本部に幽閉されるように「真の家庭」の一員として過ごしたのち、痛ましくも子供と脱出をすることに成功しました。

洪蘭淑:あの邸宅に初めて足を踏み入れた瞬間から、そこを去る時まで、全てがコントロールされていました。私がどこに暮らし、どの学校に通い、誰と付き合があったか。その付き合いだって表面的なものでした。誰にも私の正体を明かすことはできなかったので。
とても早いうちから私が理解したことは、邸宅の誰も信用できないということでした。常に自分が話す一言一言に気を配る必要がありました。それによって、私に何が起こるか考えなければならなかった。まるで中世の王宮のように、暮らし方も、皆政治的な思惑があって、他人の弱みを握ることで、自分の望みをかなえようとしていました。

レイチェル・コーン:つまり、常に恐怖を覚えていたということですね?自分が正しいことをしているか、正しく敬意を示せているか。実際、どのように「真のお父様とお母様」に敬意を示していたのですか?

洪蘭淑:まず、私は彼らの召使いでした。彼らが起きる前に準備し、朝食を給仕し、朝から寝るときまで側に仕えていました。文鮮明師は朝食で会議をし、そのあとは韓国ドラマを見て、私はその時食べ物を給仕しているというわけです。

レイチェル・コーン:つまり、文夫人と韓国ドラマを見なければならなかったと?

洪蘭淑:はい、それから文鮮明師ともです。二人が旅行に出かけるときも一緒に行かなければなりませんでした。彼らが私に何かを言いつけたいときに、いなければならなかったんです。

レイチェル・コーン:そういえばあなたはお子さんが、実に5人のお子さんがいらっしゃいますが、彼らは精神的な支えになったでしょう。

洪蘭淑:そうですね、私はまず文鮮明師の孫を生むことが求められていて、それが一つの使命だったわけで、それを遂行したんです。どのように自分の子供を育てたいか自分の中である程度決まっていましたが、それは文夫妻の育児についての考えに沿わないこともありました。それで衝突しましたが、彼らが言うことに逆らうことはできませんでした。私は私なりに自分の考えを押し通そうとすることもありましたが、とても難しかったです。もし彼らが子供たちを他の国に連れていきたいと思えば、それができた。私たちには何も言うことができませんでした。
彼らにとって孫は飾りでしかなかったんです。アラスカへ行ったときや、韓国やほかの国に行ったとき、孫を連れて行って、会員になんというか、孫を慈しむ祖父母、というイメージを見せることができたんです。

レイチェル・コーン:彼が、自分に資金面で多大な支援をしたあなたのご両親に見せた、奇妙な態度がありましたね。あなたは彼が、自分に尽くしてくれた人を辱める必要があると説明されていますね。

洪蘭淑:それが文師の人の立場を操作する手段でした。特に有能な人を、です。多くの人はただ資金を吸い取り、とても無能ですが、私の父は多額の資金を準備し、尊敬を集めた。それで文は脅かされていると感じたんだと思います。彼は人を公の場で辱めることで、立場を弁えさせた。それが彼の常とう手段でした。
彼は叫んで、汚い呼び名で私の父を呼び、皆の前で、私にもしたように、特に私の両親が去ってから私にしたように、子供の前で、叫ばれて、罵られて。毎週日曜日になると、そこにいて、彼の言うことを聞かされて、いわば拷問でした。


▲ 私の母·柳吉子(左)と文夫人の補佐マルスク·リーにはさまれた私。プラカードは文鮮明師が脱税でダンべリー連邦刑務所に収監されたことに抗議するもの


wikipedia

洪 蘭淑
ハングル:홍란숙
漢字:洪蘭淑
発音:ホン·ナンスク
ローマ字:Hong Nansook

洪 蘭淑(ホン·ナンスク、1966年 – )は世界基督教統一神霊協会(以降「統一教会/統一協会」と表記する)の教祖(創始者)である文鮮明の後継者候補であった長男、文孝進と結婚したが、1997年に離婚[注釈 1]した韓国女性。自ら「神の家庭」と主張している文鮮明一族の内幕を暴露した内部告発手記、“IN THE SHADOW OF THE MOONS—My Life in the Reverend Sun Myung Moon’s Family”(邦題:『わが父文鮮明の正体』)が内外に波紋を呼んだ。

概略
洪蘭淑は統一教会/統一協会の信仰を持つ父·洪性杓(ホン·ソンピョ、홍성표、36家庭[注釈 2])と母、柳吉子(ユ·ギルチャ)のもとに育った[1]。両親は教団の幹部で、洪性杓は統一教会/統一協会の関連企業である一和製薬(後の一和)を立ち上げ、約10年間社長を務めた。統一教会/統一協会の教祖文鮮明の長男、文孝進と15歳で結婚したが、14年の文家での生活の後に、夫の暴力や不品行と文一族の宗教的支配から逃れるため5人の子供たちとともに文家を脱出した。そして、離婚と養育費の支払いなどを求める訴訟を起こし、2年間の審理を経て離婚と養育費の支払いが認められた[1]。
コロンビア大学の女子部バーナードカレッジでは芸術科を専攻し[2]、美術史の学位を得た[3]。自らの経験を生かし、DV(家庭内暴力)の被害女性達を助けるセンターに勤めた[2]。兄も文鮮明の指名で、文鮮明の長女文誉進(ムン·イエジン、문예진)と結婚していたが、離婚し、一家全員は統一教会/統一協会を離れた[1]。
告発手記『わが父文鮮明の正体』
文孝進との離婚後に、教団側の反対に屈せずに出版した告発手記で、教団の後継者と見られてきた夫が暴力をふるい、酒、タバコ、麻薬や女性に溺れていること、「再臨のメシア」とされてきた義父、文鮮明の女性問題や私生児の存在など、「神の家庭」とされてきた文家の偽善的な実態を暴露した。この手記は内外に大きな波紋を呼び、教団を離れる信者が多数出た。同様の告発をアメリカのテレビ番組や新聞等でも行ったが、統一教会/統一協会側からの抗議はなかったと見られる。
原題『IN THE SHADOW OF THE MOONS』は直訳すると『月たちの影で』という意味になるが、これは文鮮明の「文」の英語表記である“Moon”と月を意味する“Moon”をかけたものである[4]。
出版の動機については「騙されたという気がしているから」と述べている[2]。義父であった文鮮明と元夫であった文孝進については、あまりにも大きな欠陥があるため、神がこの二人を自分の代理人に選ぶことはありえないとわかったと述べている[5]。しかし、文鮮明は私を失望させたが、神は私を失望させなかったとして、神への信仰は持ち続けている。「文一族が(統一教会/統一協会の信者よりも)霊的に優れているという神話を広めることは恥ずべき欺瞞である。」と語っている[6]。

来歴
出典は主に洪蘭淑の自著『わが父文鮮明の正体』[1]を参照。
• 1966年
ソウル特別市において、洪性杓と柳吉子の第2子として生まれる(7人兄弟)。
“ムーンタウン”と呼ばれるソウルのスラム街の借家に住む。
• 1970年
兄と共に釜山直轄市にある母方のおば夫妻の家に移る。
• 1971年
ソウルの両親のもとに戻り、公立の小学校に通う。
• 1974年
私立の小学校に転校。毎日ピアノのレッスンに通う。
• 1976年
統一教会/統一協会系の「リトルエンジェルス芸術学院」(現成和芸術高等学校」に転校。
• 1981年
5月16日 – 兄が文鮮明の長女、文誉進(ムン·イエジン)と結婚。
文鮮明が自身の長女と兄とをマッチング[注釈 3]すると伝えられた翌日、式が行われた。統一教会/統一協会では祝福を受けるまでに3年間会員で新しい会員を3人集め、3年に渡り「蕩減献金」をするなどの条件があるが、兄の式の際には「聖酒式」「三日行事」などの関連儀式が省略されたことに洪蘭淑は衝撃を受けたという。
11月 文鮮明の邸宅に両親とともに招かれ、長男、文孝進の嫁にほしいと言われる。夕食の席では統一教会/統一協会信者ではない仏教の巫女、占い師の女性が二人の組み合わせは完璧だと賞賛する。文孝進とマッチングされた。
• 1982年
1月3日 ビザ取得のため統一教会/統一協会が捏造したニューヨークでの国際ピアノ·コンクールを行うという虚偽名目でアメリカに入国。
入国の名目が虚偽であったことが露見しないために、文鮮明からの指示で統一教会/統一協会の所有する「マンハッタン·センター」でピアノ·リサイタルを行った。
1月7日 アメリカで文孝進(ムン·ヒョウジン)と結婚した[注釈 4]。ニューヨークのウエストチェスター郡のアービントン(Irvington )にある文鮮明一族の邸宅[注釈 5]に夫の妹であり、文鮮明の二女、仁進(インジン)の家族とともに住んだ。
夫と文鮮明の個人的な補佐、ピーター·キムとともに新婚旅行に出かけた。フロリダ州、ディズニーランド、ラスベガスを訪れる。ラスベガスでスロットマシンやブラックジャックなどの賭博をしている文鮮明夫妻に出会った。
2月 文鮮明の夫人、韓鶴子がお金のかかる私学に通うのを反対したため、ウエストチェスター郡にある公立のアービントン高校の10年生に転学。周囲に統一教会/統一協会との関係を知られないためピーター·キムが後見人になりすまし、結婚の事実を知られないため旧姓を使った。
孝進から別れ話を切り出される。孝進は蘭淑との結婚は望まなかったが両親を喜ばせるためだけに結婚したこと、韓国にいるガールフレンドをあきらめるつもりはないことなどを告げ、黙って韓国のソウルへ旅立った。
蘭淑はその直後に自身の妊娠に気づいた。孝進は蘭淑の妊娠を知っても帰国せず、ピーター·キムに、自分たちは法的に結婚していないので自分には何の義務もない、両親が赤ん坊と蘭淑の面倒を見たいなら勝手にしてよい、自分は教会員でないガールフレンドと結婚するつもりであることなどを告げた[7]。
韓国から帰国した孝進は結婚祝いのお金でそのガールフレンドをアメリカに呼び寄せ、マンハッタンに二人で暮らすアパートを借り、両親にそのガールフレンドと結婚するつもりであることを告げる。文鮮明から孝進がそのような事態に至ったのは妻である蘭淑の失敗であると激しく叱責された(p134)。
文夫人が「祈り屋」を連れてタリータウンの軽食堂「デリ」で孝進のガールフレンドと話し合い、手切れ金とカリフォルニア州行きの航空券を渡し手を打った[8]。
• 1983年
3月 長女を出産。
アービントン高校が蘭淑の長期欠席の理由が出産であることを気づくのを恐れた文夫妻によりニューヨークのドブス·フェリー(Dobbs Ferry )にある私立の女子高「マスターズ·スクール」に転学させられた。
• 1986年
ニューヨーク大学に入学した。
• 1988年
2月13日 長男を出産した。
コロンビア大学の女子部、バーナードカレッジに転校した。
4月 孝進がニューヨーク市オールド·ニューヨーカー·ホテル大宴会上で統一教会/統一協会員の前で、過去の飲酒·喫煙·ドラッグ·女性関係などを告白する「劇的なコンフェッション(告白式)」を行った。
• 1989年
10月 三女を出産した。
• 1992年
9月24日から 韓鶴子の世界平和女性連合創設大会の日本の10大都市講演ツアーに同行。妊娠中であることを隠していた。新札2万ドル(約200万円)を渡され化粧ケースのトレイの下に隠し入国。
• 1993年
胎児が死産になってしまう異常が見つかり人工妊娠中絶手術を受けた。
夫、孝進の暴力に命の危険を感じ、アービントン警察に駆け込み、被害届けを出した。
• 1994年
バーナードカレッジで美術史の学位を取得した[3]。
11月 第5子に当たる次男が誕生した[9]。
冬 貯金をするなど家出の準備を始めた。統一教会/統一協会を去りマサチューセッツ州で暮らす兄と文鮮明の長女に近く(レキシントン)で住居を見つけてもらった。
• 1995年
2月 義父、文鮮明·義母、韓鶴子とともに韓国の伝統である子供の誕生100カ日を祝ったが、夫である孝進は飲酒とドラッグのため欠席した。
8月8日 兄とその嫁、イーストガーデンで働く女性信者達の協力を得て5人の子供を連れて文家から脱出。マサチューセッツ州のニューヨークのレキシントンに子供たちと移住した。
マサチューセッツ検認裁判所に孝進を相手取り、家庭内暴力およびアルコールと薬物乱用を理由に離婚と養育費を支払いを求め提訴した[10]。
10月25日 マサチューセッツ検認裁判所が孝進に毎月養育費を支払うよう命じた。
• 1997年
12月 孝進は薬物乱用の事実を認め[10]、慰謝料の一部として60万ドルの支払いと、月ごと9千ドル[注釈 6]の養育費の継続に同意[2]。蘭淑は子供たちと文鮮明夫妻の監督付面会には反対しなかった[11]。
• 1998年
ドメスティックバイオレンスの被害女性達を助けるセンターで働き、ロー·スクールで法律を学んだ[2]。
裁判所に孝進が自分に接触することを禁じる保護命令を申請した。
9月20日 アメリカのCBSのドキュメンタリーテレビ番組“60 Minutes”で文鮮明一家の偽善性を告発。「文師は決してメシアではないという結論に到逹しました。」「(文師は)詐欺師です。」「これは、文師の家族と15年間生活して得た私の結論です。」と語る。文鮮明の3女、文恩進(ムン·ウンジン、문은진)とヨーロッパの幹部の娘、ドナ・コリンズもともに出演し、同様の告発をした。
10月13日『タイム』誌に文一族を告発したインタビュー記事が掲載された。『わが父文鮮明の正体』の発売に先立ち、『文藝春秋』11月号では、「文鮮明聖家族の仮面を剥ぐ」と題してその一部が掲載された。
11月25日 文家を告発する手記“In the Shadow of the Moons”(『わが父文鮮明の正体』)をアメリカと日本で出版した。韓国ではいまだに出版されていない。

エピソード
• 孝進と結婚中はニューヨーク州マンハッタンにある統一教会/統一協会所有の「ニューヨーカーホテル」に家族専用のスイートルームを持っていた[12]。
• 文一族の邸宅からの逃亡の際には周囲の協力を得た。蘭淑より数年前に教会を離れていた兄とその嫁である文鮮明の長女、文誉進がマサチューセッツ州で住む家と孝進と裁判を行うための弁護士を見つけてくれた[1]。また、マンハッタンにある孝進の録音スタジオで働いていた女性信者も蘭淑の逃亡計画に対する援助を自ら申し出、家財道具を運び出すのを手伝った[1]。

注釈
1.  文孝進は2008年3月17日に死亡した。
2.  統一教会/統一協会では草創期から現在まで、教祖、文鮮明が信者の男女を夫婦として組み合わせる、いわゆる合同結婚式を行っている。36家庭とは1960年の最初の3組と翌1961年の33組のカップルを合わせて呼ぶものであり、それらの多くが統一教会/統一協会の幹部を形成している。
3.  文鮮明が夫婦となる男女を組み合わせること。文鮮明は人の性格、運命、血統的因縁などを見抜く力を持っているとされ、結婚相手を指名する。
4.  この時、15歳だった洪蘭淑はニューヨーク州が定める結婚の法定年齢に1歳満たなかったので、法的には結婚できなかったが、蘭淑自身はそれを知らなかった。
5.  通称「イーストガーデン」。18エーカーの敷地を持ち、統一教会/統一協会の世界本部である。また、“East garden”(東の園)という通称は『旧約聖書』において神が人類始祖のアダムとイブを住まわせたされている「エデンの園」を意味する名前である。
6.  当時のレートで約108万円。

出典
[ヘルプ]
1.  a b c d e f 『わが父 文鮮明の正体』
2.  a b c d e CBS“60 Minutes”1998年9月20日放送
3.  a b 『わが父 文鮮明の正体』p.230。
4.  『わが父 文鮮明の正体』p.304。
5.  『わが父 文鮮明の正体』p.10。
6.  『わが父 文鮮明の正体』p.289。
7.  『わが父 文鮮明の正体』pp.131-132。
8.  『わが父 文鮮明の正体』pp.137-138。
9.  『わが父 文鮮明の正体』p.239。
10.  a b 世界キリスト教情報 1996年8月号
11.  『わが父 文鮮明の正体』p.284。
12.  『わが父 文鮮明の正体』p.241。

参考文献
• Nansook Hong (著)“In the Shadow of the Moons : My Life in the Reverend Sun Myung Moon’s Family”(Little, Brown & Company (T) 1998年8月))
ISBN 978-0316348164(『わが父 文鮮明の正体』の原著)
• 洪蘭淑(著) 林四郎(訳)『わが父 文鮮明の正体』文藝春秋 1998年11月25日 ISBN 978-4163546100
• 朴正華『六マリアの悲劇―真のサタンは、文鮮明だ!!』恒友出版 1993年
ISBN 978-4765230735
• 郷路征記『統一協会マインドコントロールのすべて―人はどのようにして文鮮明の奴隷になるのか』教育史料出版会 1993年 ISBN 978-4876522507 – 弁護士である著者が多数の統一教会/統一協会の元信者からの聞き取りから、教団が行う「マインドコントロール」による教化の詳細を説明している。
• 南哲史『マインド·コントロールされていた私―統一教会脱会者の手記』日本キリスト教団出版局 1996年 ISBN 978-4818402515
• スティーヴン·ハッサン著、浅見定雄訳 『マインド·コントロールの恐怖』恒友出版 1993年 ISBN 978-4765230711

脚注

外部リンク

• 「Life With The Moons」『タイム』TIME magazine 誌のインタビュー(1998年10月13日)


わが父文鮮明の正体 – 洪蘭淑 1

わが父文鮮明の正体 – 洪蘭淑 2

わが父文鮮明の正体 – 洪蘭淑 3

わが父文鮮明の正体 – 洪蘭淑 4

文鮮明「聖家族」の仮面を剥ぐ – 洪蘭淑

ビデオ『 わが父 文鮮明の正体 』 日本語版


ドナ·オルメ·コリンズ氏の証言

統一教会女性信者が自殺した 「四千人」南米大移働の謎


Korean

홍난숙


English

Nansook Hong 3 interviews, including ‘60 Minutes’

Nansook Hong interviewed by Herbert Rosedale

Nansook Hong “I snatched my children from Sun Myung Moon”

Nansook Hong – The Dark Side of the Moons

Nansook Hong In The Shadow Of The Moons book


Spanish

Nansook Hong entrevistada

‘A la Sombra de los Moon’ por Nansook Hong


French

J’ai arraché mes enfants à Moon – Nansook Hong

« L’ombre de Moon » par Nansook Hong


German

Nansook Hong – Ich schaue nicht zurück


Polish

„W cieniu Moona” – Nansook Hong