統一教会問題と私、及びその未来 – 西川 勝氏


▲ 崔翔翊は韓国の統一教会に1957年に入信した。彼は1958年に渡日し、西川 勝と改名し統一教会を設立した。上の写真は1964年7月に撮影されたものである。その年の暮れに彼は日本から追放された。1965年以来在住するカリフォルニアでは「パパさん・チョイ」の名前で知られている。文鮮明により縁組された36家庭のうちの一人。彼の妻である申美植は梨花女子大學校の生徒であったが、文鮮明と共に同大学における「七・四事件」のセックススキャンダルに関わったとして 1955年に退学させられた。このスキャンダルについての写真と記事はこちらからアクセスできます [LINK] 。


エクレシア会報
1987年 5月 8日

臨時

特別記事
エクレシア特別集会報告 (二)

第七〇号にて、その一部、西川氏がエクレシア会に登場するまでのいきさつを報告させでいただきましたが、今回、和賀牧師の要譜似より、西川氏はその講演の公開を了解されました。よってここに一月十五日に語られた同氏の講演内容をそのままのかたちでのかたちで掲載致します。
尚、これは同氏の離教ご最初の公式発言となります。


【統一教会問題と私、及びその未来】

西川 勝氏 (当年六二歳)

私、西川です。私の本名は崔 翔翊(SANGIK CHOI)と言いますが、私は日本に来ましてからは西川 勝という名前を使っております。私が日本に来まして一回も韓国名を使わず、西川 勝という日本名を使ったその理由は、私は日本に宣教師として来た時に、私が日本に一番最初に大地に足をつけた時に、心に誓ったものがありました。それは、私は韓国人ではなく、私は神の子として日本に来た以上は、日本人以上の日本人にならなければならない。身も、心も。そして自分の名前も日本にいる間は二度と韓国の名前は使わないと決心しました。それで私のお父さんが、帝国時代に西川という名前を使っておりましたので、そのまま西川 勝という名前をつけたのであります。
私は、本当の日本人、日本人以上の日本人であるには、自分は一番最初に、日本の精神を誰よりも愛し、日本国民を誰よりも愛することだ。そして、日本の山川草木を誰よりも愛することだ、という気持ちで、私は日本に宣教したのであります。

今日、私がここに立ったのは、いわば私が一番立ちにくい所に立ったのであります。なぜであるかというと、統一協会の側から見た時には、和賀牧師さんといえば、まあサタンの中のサタンだというくらいに、一番反対する人の一番の親方であり、その人と西川先生が会うということは、とうてい協会の人には考えられないし、そしてまた、その人達が集まる所に私が行くということは、協会の人は夢にも考えなかったでしょう。私も実際は、協会を出ていても、考えてもいなかったことなのであります。
なぜ考えていなかったかといいますと、人にはいろいろな立場がございます。協会にいて離れた皆さん方と、そしてまた、外部にいる皆さん方と、私の立場が、また違うのであります。協会にいて離れた方は、協会にいた間は、兄弟姉妹のようにしていらっしゃったし、また外で反対される方は、外の言葉として、他人の立場で反対されてきたけれども、私の立場は、宣教七年の間に、皆パパ・ママと言うように、本当に家族のような立場で一緒にいたのであります。だからその心情だけは、たとえ私が兄弟から離れ他のことをやったとしても、その兄弟に対する心情だけは、なくしたくないのであります。ゆえに、兄弟が離れたその立場、そして他の人が、それはいけないなと思って反対する立場とは、違うのであります。

私がもし、統一協会に批判を加えるとしても、私の心情としては、それでも一度は文先生を先生と慕ったその義理も考えたいし、協会を去ったとしても、我が子は我が子、兄弟姉妹は兄弟姉妹ではないかという強い心情が、私からは消えないのであります。ゆえに、私は統一協会に対して、ああたこうだとして批判したり、悪口を言ったりする気持ちはありません。私としては、兄弟姉妹に対して、出来るだけ代わってやりたいというような気持ちが、私の胸の中にまだ残っているのであります。大東亜戦争の時、中国に対する日本の沢山の裏切りがあったでしょう。しかし、戦争が終った時、蒋 介石があだを徳を持って迎えると言ったごとく、私はそれ以上に神を信じ、万民を愛する立場において、私もたとえこの地上にあだがあったとしても、徳を持ってむくいたいと思います。私もかつて、還暦を越えた六二才にもなる自分でありますし、残った余生をああだこうだと言って、お互いに自分が正しいんだ、お前がまちがっているんだと言って争うよりは、宇宙よりも広い心を持って、また太陽よりも暖かい心情を持って、人徳を持っていきたいと思いますし、また人の為に最後までつくしたいと思います。

このような立場において、皆さんが期待されることに対して、十分に答えられるのか答えられないのかわかりません。私は、自分自身卑怯なまねをしたいとは思いません。だから私は、はっきりと和賀牧師さんに申し上げました。私の心情はこうであるから、皆さんが欲する角度において、私が必ず答えられるとは思いません。それでいいのでしょうか、と言った時に、和賀牧師さんは、自由にお話下さいとおっしゃいました。
私は皆さんの前に、このような一つの懇談会といいましょうか、お話をする機会を持とうとは、本当に思っておりませんでした。しかしある時、協会を離れた方達が、どうして西川先生も去られたのであろう。一度お会いして話しを聞いてみたい、その心境を聞いてみたいという人が沢山いますと言ってきた時に、それまでも避ける卑怯な立場になりたくなかったのであります。それでは、私も一度皆さんとお会いして、私の思っている少しのことを話したり、そしてまた、あいさつくらいするのは当然ではないかというような軽い気持ちで、皆さんにお会いするつもりだったのです。そしてこのように多くの人が集まって、いろいろなことを期待されていることに対して、私は本当にどう答えていいのかわからない心境であります。

私は統一協会にいる時も、本当に不思議な心境でありました。どうしてかというと、私が日本を去って、アメリカヘ行って二二年にもなります。そして時々日本に帰ってくると、日本の兄弟の話を沢山聞くのであります。兄弟達が本当に朝から夜遅くまで伝道したり、募金活動をしたり、経済活動をしたりして、苦労している話を聞く時、私は本当に自分も出来ない苦労をしているのを見る時、私も本当に心が痛むのです。自分の若い時、私は子供を持っていませんでしたから、子供を持った親の心というものがわからないでいましたけれども、もう私も自分の娘・息子が大きくなって大学にも行くようになった立場で、人の気持ちをよく知るようになりました。
日本に来ると、私が若い頃の日本の兄弟達が来て、「ああ西川先生、西川先生が日本に宣教されたおかげで、私はこのように救われたのであります。本当に西川先生のおかげです」、と言われる時、私は複雑な気持ちになるのです。私がもし、日本に来なければ、彼らはこんなにまでも苦労する必要がなかったのに、私が来たために、それでも私が真理を伝えたのは事実であるけれども、こんなにまで苦労させでいるのを見ると、いくら救い出す神様といっても、また人間的な情だとか、人間的な肉の弱さで見た時には、やはり苦労している姿を見て、だれもいい感じのするものではありません。また、私自身は、アメリカに行って比較的恵まれた立場で、日々の生活をしたのであります。

私がこの度、統一協会を去るようになったのは、いろいろな理由がございます。その理由は、宗教的な方にはわかるかもしれませんが、宗教的でない方にはわからないかもしれません。
私は、私として宗教的な意味において、例えば天的な意味において、私が六十才の時に、神が私に新しい道を新しい使命を持って、再出発しなさいという、一つの使命感を持って、新しく出発したのであります。人間的な意珠において出発したのではありません。私は、家もなければ、何もありません。私が宣教師としてこの地上で歩んでいても、給料もろくに、また正式にもらったこともない。一緒に食べて、一緒に着て、一緒にしていた私か、六十才になって本当に一人で再び立つということは、人間的には不可能なのであります。もし、私に協力してくれる人がいるとか、金があるとかいろいろあるとしたならば、私は希望を持って立ちますけれども、私の核というものは、統一協会をぬいては何もないのであります。
私が昔、警察で調査を受けた時に、警察の人が「君は、日本の統一協会の中で、天皇陛下のようにうやまわれているんだね。尊敬されているんだね」。と言われるような立場で、私は日本の協会を開拓しましたし、アメリカの協会も開拓しました。また、世界の宣教師として世界もまわりました。このようにして、全ての兄弟達に、本当の兄弟のように親しくしてきた私であります。このような私が、その情を切って、また経済的にも人的にも全くゼロの立場で私が統一協会を出て、自分の使命の道を行くようになると、果して妻まで付いてきてくれるかなと思うくらいに、全く一人になったさびしい気持ちだったのです。しかし、私が新しい道を行かなければならないという使命感を自覚した時には、聖書の中にもあるように、モーセが八十才の時神様に呼ばれ、あなたには使命がありますと言われた時、全てを犠牲にして出発したごとくに、また、アブラハムが自分の故郷を捨てて出発しなさいと言われた時、彼がそのようにしたごとく、私もそのような決心をもって出発したのであります。人間的には、本当にさみしく苦難の中での決心でしたが、私にとって一番つらかったのは、兄弟姉妹に対する思いでありました。私は彼らと、パパ・ママというように本当の親子のように暮らしていた立場において、私が統一協会を去るとしたら、どんなに彼らにさびしい思いをさせるのではないかということであります。ある兄弟姉妹が私の所に来て言いました。「今、統一協会では、ついていくのに本当に難しい。伝道においても、経済活動においても難しい。あまり献身活動が長いので、自分は本当に苦しい。でも、パパやママがいてくれるという一つの希望を持って、自分達はついて行きます」。という告白を聞いた時、私が去って行くということは、本当に彼らに申し訳ないという気持ちなのです。そういう情の面において何よりも難しかったのであります。
もう一つの理由は、統一協会における信仰の道は、神を信じ、そして私達が信ずるところの救世主キリストを信ずることでありますが、いかに神を信じキリストを信じたとしても、良心的に生きない人は偽善者ではないのか、神を信じキリストを信ずると同時に、良心的に生きてこそ、初めて本当の信仰者であると言えるのではないかと、私はいつも思っていたのであります。
そういう心において、私は統一協会の真理はりっぱな真理であると、今でも信じております。そしてまた、統一協会の中にいる人達の信仰態度とか、信仰姿勢というものは、すばらしいものだと思います。しかし、その方法において、少し私の良心と理性に納得するものがないとしたときに、私の心は苦しんだのであります。私は、信仰の道を行っても、絶対に自分の良心と理性だけは、殺したくないという気持ちをいつも持っているのであります。

私は、信ずれば天国に行くとか、信ずれば何か御利益があるとか、信ずれば祝福されるとか、そういうものを考えて、信仰の道を歩みたくないと思います。私は人間として神を奉り、良心と理性に恥じない人間として生きたいというのが、私の信仰態度だったのであります。ゆえに、私が考えた時に、宗教に一つの弱点がある。その弱点とは何かというと、神だとか、キリストだとか、啓示だとかのいろいろの宗教の権威を借りて、良心にもない、理性にも反するようなことを、天の道だとか、あるいは真理だとか、これが本当の信仰だとか言って、これを妥当化することであります。私は、これが一番嫌いなのであります。私は、たとえ聖書に書いてある全てが真理であるとしても、私が、なぜそれが真理なのかと問うたときに、これは神様のみ言だからだとか、これは啓示によって書かれたから、これはキリストの言葉だから、だからこれが真理だと言う、私は、そう信じたくないのであります。だからといって私は、神もキリストも啓示も信じないということではありません。なぜそれが、真理であるかということは、それは神を中心とした本当に良心と理性に恥じない、人間道理であるし、宇宙の原理原則であり、一つの理法であり、不変妥当であるから、それが真理だといえば、無神論者であろうが、共産主義者であろうが、唯物論者であろうが、仏教信者であろうが、どこの人であれ、そりゃーそうだよと言うでしょう。しかし、宗教では、教祖や教会の指導者達が、自分のことを神や啓示の名を借りて、絶対化してしまう。中世紀初めに、キリスト教が不合理なるゆえに信じるのが信仰であると言って、キリスト教の暗黒時代をルネッサンスまで招いたその事実を見た時に、私は、天国もいらない、祝福もいらない、御利益もいらない。私は人間として、正しい道を歩んでみたい、そう思ったのであります。
そういう心で私は、この地上に誰が再臨のキリストだとか、預言者だとか、教祖だとか、啓示だとか、神の名を使おうが、それが、人間道理から反し、天地の理法から反し、不変妥当な良心的常識と、心情的常識ではないと思ってまいりました。ゆえに私は、この地上に誰が何と言っても、良心の呵責を受けたり、理性に納得のいかないことを、兄弟姉妹にしたくもないし、辛抱せよとか、信じろとも言いたくなく、私は格闘してきたのであります。

私はある時、思ったのであります。私は、文先生を再臨主だと思って、統一協会へ行ったのであります。私は、本当の神の摂理は何なのか、また人間は何であり、人間の目的は何なのかということを求めていました。私も過去は、キリスト教の聖職者の一人として、韓国に自分の教会を持っておりましたけれども、私としては、ただ十字架でなくなったイエスを信じることによって天国に行けるとか、そういう韓国のオーソドックスな純粋な信仰に対して、私はもっと、何か具体的に、この世の人様のためにやってみたいという気持ちを持っていたのであります。その時に、統一協会へ行って聞かされたことは、愛と真理の人格完成における天国実現だ。そして地上に天国が出来れば、罪人はいないから、死んでから天国に行くのは当然だ。人格完成によって天宙復帰、天国実現だ、ということでありました。これを聞いて、これが、私の人生の目的であり、神の摂理であると思った時には、本当に身も心も震えるくらいに、感動したのでありました。簡単な一言ではあったけれども、私が求めていた人生の目的が表示された時に、私はもう天から降りて来る一救世主も、地からわいてくる救世主も、神秘的に来る救世主も、何も必要ない。私に、この人生の目的感をはっきり教えてくれたこの方こそ、私には救い主だという、とても合理的な自分の良心と理性に満足した立場でもって、全てを捨てて統一協会に従ったのであります。

私は、一つの思考様式とか、一つの感覚を持っていくのでありますが、そういう立場から見た時、協会の、本当に動機もいいし、目的もいいけれども、その方法手段において私にどうしても納得することの出来ないものが多かったのであります。しかし、私はその時に二つのことを考えたのであります。一つは、協会の中にいて、これをしようとすること。もう一つは、協会の文先生を中心とする組織の中にあってするというのは、間違っているのではないかということであります。これは、二つに一つだ。協会の中にとどまる以上は、文句言わずに従うことだし、自分がどうしてもするなら、外に出て静かに自分がすべきだと。しかし、私は時の来るのを待っていたのであります。
そして私が六十才になった時、その元旦に私は決心したのであります。私の行くべき道を行こう。私は、この地上の一切の宗教の名だとか、神の名だとか、キリストだとか、教祖だとか、再臨主ということによる正当化より、私の良心と理性が満足する、その道を堂々と歩んで行こう。私に残された道は、動機も美しいし、方法手段も美しいし、結果も美しいものとして、自分は歩もうと決心したのであります。
その決心をした時、私は本当に天がい孤独でありました。私が六十才に至るまでの過去は、統一協会に全てを捧げて本当に下僕の下僕といってもいいくらいに、ただ御飯を食べさせてもらって、着させてもらって、家もなく、何一つ持たないで出て来る私には、何もありません。しかし、私は天を信じております。私に一ついいところがあるとすれば、それは、どんな逆境にあっても、人生に一つの自信を持って生きるということであります。ある人が、私の講演に来て言ったのであります。「私は、多くの人を沢山見てきたけれど、あなたのように人生に自信を持っている人は初めてだ」と。私は、神が共にいますし、人生に自信を持ってこれから歩んでいきます。極端な話ですけれど、私がどれくらい自分の人生に自信を持っているかということを、例を一つ例えてみましょう。この地上がもし、原子爆弾によって人類がいなくなったとしても、子供を生むことのできる女性が一人生きていたとするならば、私は地上天国を実現する可能性があるんだというくらいに、私は自信を持っております。

私は、悪には三つあると思います。一つは、悪いことを考えること。もう一つは、悲観的なことを考えること。悲観的なことを考えれば、何の意志力のない人間は死ぬ道を行くしかない。もう一つは、貧乏であります。貧乏も悪なのです。人間は、愛だとか、真理だとか、神だとかいっても、それらがなくても生きられるけれども、貧乏であるならば自分も生きられないし、自分の子供も妻も生きられない。これ程、無責任な罪がどこにありますか。
私は、初めて決心して立つときに、妻に言ったのであります。しかし、妻も半信半疑のようでした。しかし私は、先程申し上げましたように何一つ不安な気持ちなく、堂々たる気持ちで心の中からい明るさと喜びに満たされて出発したのです。人間というものは、いくらおいしいものを沢山食べても、いい物を着ていても、心の中に心配や迷いがあると、食欲もあまり出ないし、いいものを着ているような気もしない。たとえ牢獄の中にいても、義に満ちて生きる人には、誇りがあるんです。私もそのような気持ちで、うれしい、堂々たる気分で、決心して再出発したのであります。

私は、宗教によってはこの人類は救うことは出来ないと、二二年の昔に断定したのであります。思ったのではなく、断定したのであります。ここに牧師さん方が皆いらっしゃいますから、後でもって、第二の迫害があるかもしれませんけれども。私が二二年前に、初めて文先生と一緒に、世界を巡回したことがあるんです。その時に、いろいろの宗教の国家を廻りました。例えて言いますと、回教圏内の国家、エルサレムヘ入った時、その時エルサレムは、回教徒によって統治されておりまして、その中では、お祈りや、何かしようとしても、してはいけないというんです。シリアの国に行った時には、お祈りやちょっとした儀式を何処でやったかというと、夜真っ暗な時に、砂漠の中に入ったもんだから、聖地が何処にあるか、昼間でもなかなかわからないのに、わかるはずがありません。
そういう、いろいろな宗教の違いというものが、これは本当に難しく、その深刻さを知ったのであります。そして、私は日本に帰ってすぐ、統一協会の原理講論という本、これはキリスト教を中心とする本でありましたけれども、これを書き直しまして、教育原論という本を書いたのであります。もし、全人類を統一することが出来るとするならば、それは教育だと考えたのであります。そうなると、人間は小さい子供の頃から死ぬまで教育することで、教育の必要性を覚えるし、民族、宗教、全てのものを超越して、必要なものであるから、私は教育原論という本で、教育したいと思いました。しかし、統一協会、文先生の方針としては、教育原論が出れば、統一協会が二つに分かれる恐れがあるから、それは扱ってはならないというので、結局日の目を見ないでうずもれていました。しかし宗教でやれば、絶対この地上に、統一の世界もなければ、平和の世界もない。なぜかというと、いくら私がすばらしい真理を語ったとしても、宗教でもって出発すれば、それは一人の教祖が増え、一つの宗教団体が増えるだけであって、絶対統一は不可能であります。一番、この世の独善性と排他性が強いのは、宗教であります。だから、例えていえば、私がいくらすばらしい宗教を持って、いても、すでに何かの宗教を持っている人は、「私、宗教持っていますから結構です」と言う。では、宗教を何も持っていない人に聞くと、「いやあ、私は宗教には興味ありませんよ」と言う。ですから、一番難しいわけなんですね。

私は、世の中に本当に平和な世界をつくりたいと思います。人間は、二つの目的を持って生きていると思います。一つは、個人において、意義ある、楽しい人生を求める。もう一つは、家庭や社会の全体において、平和と繁栄を求めることであると思います。平和なき繁栄は、いくら繁栄しても、頭の痛い繁栄であります。今、米国やヨーロッパの先進国は、繁栄しても、平和なき本当に頭の痛い状態であります。また、いかに平和があったとしても、繁栄のない平和というものは、ひもじい思いや寒い思いをしなければならないのであります。現に、人生の目的は平和と繁栄で、その繁栄の方は、私は自信はないけれども、平和の方は、私は一つやってみたいと思ったのであります。
では、平和になるには、全てのものが納得するものがなければならない。そういう組織がなければならない。そういう一つの真理が出なければならない。そして私は、その真理という一つの哲学体系は、宗教を超越したものでなければならないと思うのであります。どうして宗教を超越するかというと、現在のキリスト教自身が、これが真理だと言いながら、いろいろな教派に分かれている。他の宗教もそうです。哲学もそうです。私のこの世の哲学観は、哲学自身多く分裂して分かれていると感じるものです。ですから、この地上に本当に不変妥当な一つの真理を見い出したとするならば、それは宗教も哲学的見解をも超越したものでなければならない。そしてそれが、万民が受け入れられるものにするには、私は何も神を強調したくはないけれども、神を中心とした、人間良心と人間理性からでてくるところの、本当の人間道理の天地の理法における不変的なものでなくてはならないのであります。それが、学問的に誰もが納得できる理論でない以上には、もし、それが宗教的理論であれば、それがいくら正しいものであっても、それは教会以外では、通用しない。であるから、誰にでも受け入れられるというのは、一つの学術的、教養的な一つの真理によって表現されなければならないというのであります。そして、なぜそこに神を入れたのに宗教ではないというのは、宗教的な礼拝や洗礼や儀式や祈りというものをするのではなく、ただ天を愛し、天を恐れるという気持ちを持って自分が善に生きる上のはげましとする。そういう意味における、神という天の思想であります。

このような、一つの合理的な不変妥当な理論でもって、国民思想としてどこの国民にも受け入れられ、そして国民運動として皆が立ち上がってもらえるような、また、マスコミの方も、いろんな方も、皆「ああ、これはいいもんだ。これは宗教でもなく、教養的な、本当に社会の国民の思想として、どの面においてもすばらしいものだ」と言われるような、一つのものをやらなければならないと思いました。そして、私がその団体を何と名づけたかというと、これは、世界的に運動しますし、私がアメリカに住んでいることもあり、この団体を‶ヒューマンズクラブ″と名づけたのであります。ヒューマンズクラブの目的は、人間が人間になろう、宗教家になる前に、クリスチャンになる前に、仏教徒になる前に、共産主義者になる前に、思想家になる前に、まず人間になろうじゃないか。人間は人間の顔をしているから人間ではなくて、人間の心を持たない以上は人間ではないのではないか。そのような一つの人間になるということです。そして、人間づくりから、社会づくり、国づくりをする。宗教的にいうとするならば、天民づくりによる天国運動であります。それでは本当の人間というのは、どのような人なのか、それは愛と真理の人間であります。しかし、その真理にはちょっと矛盾がでてくるんですよ。どういうことかというと、それは、適当な一人一人の人間の概念をもって、真理だとするからです。ですから真理とは、良心の人間道理をもってするという、はっきりとしたものを打ち出さなければなりません。
人間が、この良心的人間道理によって生きれば、どのくらいすばらしくなれるか。法律がなくてもいいような人間になるんですよ。もし天国があるとするなら、その国は法律がなくてもいいのです。法律がなくてもいい人、いい国は本当に神にたいする信仰と、本当に良心的常識によって生きる人、国なのです。そんな難しい人ではありません。それに、本当の人の情けを自分の情けとするところの温かい温情の心をもって、犠牲をも喜んでするという愛の気持ちを持つことのできる人間をつくっていく。そして、そういう一つの家庭、一つの社会をつくっていく。社会というものは、家庭と職場の集合体でありますから、自分自身が、そういう人間になってそういう家庭、そういう職場をつくることが天国運動の具体的な姿勢であり、毎日の自分の仕事とするべきです。だから私は、絶対天道という名のもとに人道を犠牲にするような、人道をないがしろにする以上は、地上に平和も統一もないと私は思うのです。天道とは何か、天道とは、ただ唯一絶対なる神様を自分の心に奉る。これ以外に天道は、絶対ありません。だから皆さん方は、騙されることなく、後は人道で吟味して、正しく生きることなんですよ。そして初めて、私達はこの地上に迷信だとか、不合理から解放されて、自分は本当の心の世界がくると私は思うのです。

私は初め。ここに来て、こう運動をするから、皆さんの協力を受けてみようかなと思いましたけれど、そういうことを思う私自身も、はずかしいと思います。私は皆さんにそうでなくても、いい思いは持たれていない、まあ誤解されている方も多いと思いますが。そういう立場において、私が皆さんの協力 を得るなんて、私自身恥ずかしい気持ちであります。しかし、私はたとえ一人になっても、神は私と共にいますし、自分に一つの人生の自信を持って行くと同時に、私は最後までがんばって、神の願いでもあり、人類の願いでもあり、自分の願いでもあるものを、今実現したいと思います。簡単ながら、これをもって私のお話を終えたいと思います。



▲ 退学処分を受けた梨花女子大学生 [LINK]