日本の信者はワゴン車で24時間寝起きして

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【み言葉】日本の信者はワゴン車で24時間寝起きして、全国を巡りながら1ヶ月120万円稼ぐ

■統一教会が組織的に信者を奴隷のように酷使して、訪問販売等をさせていた証拠のみ言葉

信者が勝手にやったことではありません。
すべては文教祖(統一教会)が指示したことです。
日本の信者たちは、文教祖の課す法外なノルマ達成のために教会の指示でワゴン車(通称マイクロ隊)に乗せられ、訪問販売をさせられたのです。


▲(イラスト「統一教会の素顔、その洗脳の実態と対策」(川崎経子著、教文館))

『日本の食口(信者)たちもここに来ましたが、日本の食口(信者)たちもそうなのです。日本全国を歩き回りながらファンドレジング(万物復帰=訪問販売)をしてお金も稼いでありとあらゆることをするのです。 24時間、バン(ワゴン車)に乗って巡りながらそのようなことをしています。寝るのもバス(ワゴン車)に乗って行きながら寝るのです。』
(御言選集112巻「良いものと悪いもの」1981年4月25日 韓国・勝共研修院(仁川))

『統一教会の経済活動をすることにおいては、皆さん(韓国信者)は日本の食口(信者)たちに負けているのです。そうじゃないですか? ところで皆さん(韓国信者)は何を大口をたたけるのですか? 彼ら(日本人)は24時間、バン(ワゴン車)に乗って北海道から鹿児島まで巡りながら、家ごとに訪問しながらファンドレイジング(万物復帰=訪問販売)をしているのです、み旨のために。皆さん(韓国信者)は何ですか?
皆さんはすべて学校を卒業しましたか? (「はい」)卒業したでしょう? 日本は全て訓練です。統一教会人は一人が一日に平均…。その人(日本信者)たちは、毎月120万円ずつ稼ぎます。』

(御言選集163巻「南北統一の旗手になろう」1987年5月1日 韓国・漢南洞公館)

『日本は今まで世界的経済活動のためにホームチャーチという名前は知っていますが、それは許可しませんでした。しかしながらホームチャーチメンバーよりも、それ以上に走れというのです。ですからバン(ワゴン車)で寝ながら全国を巡ったでしょう? 北海道から鹿児島まで、全国津々浦々、日本海沿岸、太平洋沿岸、瀬戸内海沿岸すべて行きましたよね? 行かなかったところはないですよね、日本には? (「はい」)そうでない人は、統一教会のメンバーではありません。』
(御言選集186巻「韓国統一と世界日報」1989年2月1日 韓国・本部教会)

『では日本の食口(信者)はというと、日本の食口(信者)はどのようになりましたか? 先生を好きだと言ってついて来て、好き(良い)と言ってひっかかって、最近はファンドレイジング(万物復帰=経済活動)をやっています。あなたたち統一教会のファンドレイジング(万物復帰=経済活動)が何なのかわかりますか? 商売をするのです、商売をするということ。商売するにはどうするのかというと、小型トラックを買って路地ごとに(町中をくまなく)回りながら売るのです。移動市場です。睡眠もそんなに多く寝るのではなく、1時間、2時間寝るのです。 深夜1時、2時まで売って、その後は(全部)売ってしまったので次の日の朝は売るものがないのです。そして運転手が買ってきて、百マイル、二百マイル離れたところ(別の任地)を探して..。それで2時間、3時間走って、新しいところを探して朝まで…。そしてまた朝早くから夜遅くまで目を開いて生活するのです。こんなことやっているのです。わかりましたか?』
(御言選集112巻「祝福家庭の子女たちが行くべき道」1981年4月12日 韓国・漢南洞公館)

ここでは睡眠時間が1、2時間だと述べています。奴隷労働の過酷ぶりがどれほどか、文教祖は知っていてやらせていたのです。

『献金するといって献金袋(※代金を入れるウエストポーチ)を腰に付けて歩き回りながらファンドレイジング(万物復帰)して献金してましたか? 韓国の女性たち! うん? 日本の女性たちは、そうです。 それは謎なのです。日本の女性がなぜ統一教会の文先生が話をすると、自分の王や総理が代わりに話をすることよりも、もっと熱心にするのかというのです。』
(「文鮮明先生御言選集」333巻より)

(↑私が「珍味売り」をしていたときはこのような格好でした)


▲(イラスト「統一教会の素顔、その洗脳の実態と対策」(川崎経子著、教文館))

文教祖は、日本人は韓国人よりお金を稼ぐから勝っていると言います。
さらに文教祖は「マイクロ隊で万物復帰しないものは教会員ではない」とまで言っていたのです。
信者の体がボロボロになることはどうでもいいようです。
統一教会では「信仰=お金」のなのですから。

以下は、元信者たちの裁判での証言です。
http://blog.livedoor.jp/champ1414/archives/3030005.html

三、信者になったらどうなるのか?

「青春を返せ裁判」の記録から

統一教会信者になった後は、信者はどのような生活を送るのであろうか?
ここでは、一九九一年、元信者が統一教会を相手に起こした裁判『青春を返せ裁判』の記録を中心に追ってみたい。なお、原告の名前は仮名である。

■珍味の販売

「マイクロ部隊は、みな違法改造車の中で三時間程度の睡眠時間しかとらずに、珍味を売り歩きます。朝は五時に起床、公園など水が使える所で洗面し、その後祈祷会を終えて、五時半頃パンなどで朝食をとり、遅くとも朝六時には、珍味をたくさん抱え、地図を渡されて一人ひとりマイクロ車から降ろされます。そして、朝は民家、一〇時頃から保険会社、市役所、建設会社、工場などをまわり、夜はB街(飲み屋街、バー街のこと)へ。人がいる所だったらどんなへでも入っていきます。入るまでは度胸がいりますが、アベルの指示どおり、自分をなくして天の心情圏に立ち、み旨の為だと祈りながら一軒一軒飛び込んで行きました。最初は、山田静子に一緒に付いてまわってもらいましたが、そのあとは一人で売り歩きました。統一協会の活動とは決して言わず、『日本訪問販売』という会社名を使って売りました。
『新入社員の研修で北海道のおいしい珍味を試食してもらってます』と、まずはタッパーを差し出し、とにかく味見をしてもらいます。食べてもらったら、お父様の万物を受け入れたも同じと思い、あとは商品のアピールを一生懸命し、時には歌を歌って注目を集め、四個セット、六個セット、八個セット、十二個セットと『セットでおまけが付きますよ』とセットから勧めます。とにかく一袋でも多く授かってほしい、天の万物を少しでも多く授かればそれが救われる条件になるのだからと、祈りながらトークしました。売れないときも決して相手を恨むのではなく、『私がこうしてお父様の代身として来たのだから必ず条件になっている』と信じ、肩もみしてあげたり、靴をそろえてあげたりと、ひたすら尽くしました。」
(『青春を奪った統一協会』一三八・一三九ページ)
青春を返せ裁判 原告 菅原恵子陳述書

■手相の占い

「六時、七時ころまでは一般の家庭を回りつづけて、その後は駅に出ていって、駅で立ちをやって、駅で声を掛けて手相等をみて、喫茶店等で印鑑を売ったりしていました。そして大体、普通は九時ごろまで、販売大会の最終日に近づくと、最終電車までやっていたことも多くありましたし、本当の最終日になると、目標達成するまでやれと言われて、朝方までずっとやりつづけて、それでも勝利できないと、早朝のキャンペーンで回ってますと言いながら、手相を見ながら印鑑販売をし続けたこともあります。」(『青春を奪った統一協会』二一七ページ)
青春を返せ裁判 原告 井上法子の調書から

■印鑑の販売

「ビデオセンターになかなか来ない人がいまして、紹介者が相談してきたんですが、占いの先生を紹介して印鑑トークに誘いましたと。で、彼女がいることがビデオセンターに来ない障害になっていますと。何とかしてほしいということで、打ち合わせをして、私がしたトークは最初その人の長所をほめて、ただ一点気になることがあると。あなたの名前には色情因縁が出ていると。これは霊感商法などではよく使われるんですけれども、女性の問題が今後起きてくると。あなたの色情因縁で、家族とか親戚なんかに結婚できない人たちとか、離婚してしまった人だとかがいるでしょうと。このままだと、あなた自身女性の問題が起りますよ、幸せな結婚ができませんよ、あなたは女性にだらしなくなってしまいますよといった内容を話すわけですね。で、今が転換期だから、これは今解決しなくちゃいけないんですよと。このままだとあなたはそういう家庭になるし、あなたができなければあなたの子供もそういった問題を引き継ぐでしょうと。これを継続していくと、あなたの家系は絶えてしまうといったトークをして、女性問題で問題があるという内容をとくとくと話すわけです。そうすると、その人は、じゃ、どうすればいいのかという話になりますので、印鑑トークというのは最終的に印鑑を購入することによって名前の相を変えて新たに出発するというトークなんですけれども、その際に相を変えて自分を高める必要があると。あなたの向上心を、勉強をしてもっと考え方を変えていく必要があると、ビデオセンターに通って自分を高めていくことが必要ですよという話をしていくわけです。それで、その人は印鑑は購入しなかったんですけれども、その後ビデオセンターに通って献身してくれました。」(『青春を奪った統一協会』一八五?一八六ページ)
青春を返せ裁判 原告 浅井秀樹の調書から

■金融機関から金を借りる

「HGもしました。HGとは、勤労青年の信者の名前で銀行からお金を借りてもらい、統一協会の資金にすることです。私はアベルのもとで、前任者からやり方を教わりました。HGを信者にさせるため、まず勤続年数一年以上、年齢二〇歳以上、年収一五〇万円以上の条件を充たした仕事先のある兄弟姉妹(信者)に面接します。今の摂理を訴えて、摂理のための献金が足りないから借り入れをしてお金を『復帰』(統一協会側、すなわち天側に返すこと)しなければいけないと話して、大変だと思うかもしれないが、後で必ずお父様の代身として少しでも役に立てて良かったと思える時が来るから共に頑張ろうと説得します。そして、実際の借入手続の方法を説明します。都合でどうしても本人が行けないときは、献身者が本人になりすまして、手続に行くこともありました。
金融機関(銀行やクレジット会社)に対しては決して統一協会のために使うとは言わず、車や着物、家具、楽器などを買うためとか、旅行のためなどと偽って借り入れさせます。そのために、私は、いろいろな車の会社、呉服店、家具屋、旅行会社などをあたって、買うふりをして見積書を用意しました。借りる人の所得証明や、印鑑証明などを取り揃えるのも私で、毎日のように市役所に出かけました。銀行にも出かけてローン用紙やパンフレット類をいろんな口実でもらってきました。
借り入れる金額は、普通は年収の半分です。一つの銀行以外借りてはいけないのですが、それではとても与えられた目標(ノルマ)に足りないので、一人何件もの金融機関から借りて一人あたり合計一〇〇〇万円前後は借りまくりました。」(『青春を奪った統一協会』一四三から一四五ページ)
青春を返せ裁判 原告 菅原恵子陳述書

■ぼろぼろになる信者

数年間にわたり、食べるものも食べられず、過酷な労働を行なうのであるから、体はぼろぼろになる信者が多い。

「 誰もが健康で文化的な生活を営む権利があるはずです。
しかし、統一協会での生活は全くそれを保障していません。栄養不足、睡眠不足、過度の精神的疲労から、三〇歳近くになると男女とも自律神経失調症など様々な疾患に悩む人が多くみられました。私の場合は、脱会後もなお、重い荷物が持てない、長時間椅子に座れないなど生活に制限が加えられています。さらに、ホームでの食費制限のため、肉、魚などの動物性たんぱく質が欠けたためか、鉄分欠乏性貧血にもなっていました。これらは、脱会後やっと回復に向っています。」(『青春を奪った統一協会』一一二ページ)
青春を返せ裁判 原告 山田千代子陳述書

■海外宣教

日本人信者は、日本のみならず、海外においても、活動を強いられている。
一九九三年一〇月に、韓国済洲島にて、文鮮明による『日本女性幹部特別修練会』が開かれた頃から、統一教会は日本人女性を海外に宣教させている。

有田芳生氏の「『神の国』の崩壊」には、信仰歴十三年の女性信者の証言として、次の言葉が紹介されている。
「九三年の秋に、短大以上の学歴を持つ女性は海外宣教のための書類を出すようにと指示がありました。学歴、家庭状況、特技などを書き込み、写真を貼って各地区の総務に提出せよというのです。地区によっては希望者のみのところもありましたが、全員が強制的に提出させられた地区が多かったと聞いています。韓国人と結婚した信者は対象外でした。今年のはじめ、一月八日からの修練会に出るように言われたので私は自信がないと断りました。すると、いろいろ事情はあってもそんなことを言っていたらだれも行く人はいなくなる。事情はいっさい聞きません、メシアのすることには深い意味があるんで、行かなければ恐ろしいことになる、と脅かされました。」

九四年の一月八日から二十一日まで済洲島の「一和」研修院で開かれた日本女性指導者修練会には、短大以上の学歴を持ち、しかも一九四五年八月十五日以降に生まれた二十一歳から四十八歳までの約千六百人が参加したという。
修練会では、「日本が使命を果たせるかどうかの最後の賭け」「このままでは日本の運勢は落ちていく。世界のために貢献していかなければならない」「これからは全員が海外人事だ」と語ったという。
途中から出席した文鮮明も「(海外宣教を)決意できない者は海に飛び込め!馬鹿は死ななきゃなおらない」「今回の海外宣教行きをやめた者は罰を受けるだろう」と激を飛ばし、妊婦や幼児のいる信者さえも海外宣教に志願したという。
「宣教国をくじ引きで決め、言葉も通じない国に、家庭も無視して有無を言わさず送りだす」とのことである。

「海外宣教は百六十カ国に十人ずつ派遣される。アメリカや旧ソ連、東欧諸国はもちろんだが、三分の一はアフリカ」で、
「しかも三年間に一万人を伝道しろと言われています。一人が千人。そして世界平和女性連合の一万人大会を開くことができたら日本に帰ってきてもいいというのです。できなければ七年でも十年でも帰ってくるな、骨を埋める覚悟で行け、というのがお父様の指示(参加した信者)」
だという。

そうして世界宣教の中で、悲劇も生まれている。
一九九七年三月には、無政府状態になったアルバニアの首都ティラナからドイツ連邦軍のヘリコプターで『世界平和女性連合』の名前で活動していた八人の日本人女性が救い出される。
一九九七年四月には、内戦状態にあるアフリカのザイールから、脱出した日本人の中にも『世界平和女性連合』のメンバーが含まれていた。
九六年十二月、南米ウルグアイの首都モンテビデオで、研修会に参加していた三十八歳の日本人女性信者が自殺した。日本に三人の幼な子を置いたまま、ブラジルで一年間活動することが決まり、『日本が恋しい、子どもが恋しい』と、統一教会系のホテル一七階から飛び下りたという。(以上「『神の国』の崩壊」より)

統一教会にしてみれば、彼女らの世界宣教は、「あくまでもボランティアであり、自分達から言い出したこと」となるのかもしれない。
しかし、彼らにとって救世主である文鮮明は、
「(海外宣教を)決意できない者は海に飛び込め!馬鹿は死ななきゃなおらない」
「今回の海外宣教行きをやめた者は罰を受けるだろう」と激を飛ばし、参加者の決断を促している。

有田の「『神の国』の崩壊」によると、その幹部研修会の時に文は、
「最初の妻である崔先吉と別れたことを引き合いに出し、
『人は教えのためならばもっとも愛する者とすら別れなければならない』と涙ながらに語ると、参加者ももらい泣きして、妊婦や一歳の幼児のいる信者さえも海外宣教に志願したという。

以下、「『神の国』の崩壊」中の記述より

『わたしは志願しないつもりだったのですが、集団的な熱狂のなかで断りきれなくなってしまいました。宣教国はくじ引きで決めました。相対者がアフリカにいるからと、アフリカを希望した人もくじ引きで決まった国が絶対だとお父様が言ったので、希望はかなえられませんでした』(修練会に参加した信者)
『二十一歳の最年少の女性がくじ引きの順番を待っているとき、近くの人に『私大丈夫でしょうか?私でもやっていけるんでしょうか?』と不安そうに聞いているのが印象的でした。この人は非合法で布教しなければならない国に決まったそうです」(修練会に参加した別の信者)

有田は
「文教祖に送金するため、これまで多くの日本人信者たちは、珍味売りやインチキ難民カンパ、さらには霊感商法へと駆り立てられてきた。こうした経済活動が社会的批判の高まりのなかで困難となった結果、もっとも忠実な日本人女性信者たちが、こんどは海外での活動へと大量に派遣されているのである」(『「神の国」の崩壊』三八ページ)と述べる。

■日本人強制連行

彼女らは、『世界平和女性連合』の名前でこれらの国々に行かされている。
『世界平和女性連合』の総裁は、韓鶴子である。
この時期に、文一家から離れた、洪蘭淑は、韓鶴子について、こう書いている。
「長い時間高級衣料店で過ごし先生から母親の仕事を話してみるように言われた末の息子が、『お母様は買い物をします』と答える程だった」(「わが父文鮮明の正体」一一ページ)
また、ラスベガスで「コインの入ったカップを揺すりながら、一枚また一枚と夢中になってコインをスロット・マシーンに入れて」いた。(一一六ページ)

キリスト者で言えば、マザーテレサは、率先して貧しい人の間に入っていかれた。
内乱の続く国で布教をしたり、アメリカの犯罪多発地域で夜、花売りをすべきなのは、文鮮明であり、韓鶴子なのではあるまいか?
海外宣教は文鮮明夫妻による日本人強制連行である。

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統一協会の素顔 — 川崎 経子