山崎浩子 vs 林真理子   独占対談

週刊文春  Shūkan Bunshun   1993.5.20           204-208

山崎浩子 vs 林真理子   独占対談

▼「会わないことが彼自身の救いになるです」

「勅使河原さんはとっても気の毒」▼


「なぜ統一教会に」「脱会を決意させたものは何か」「反統一教会派の闘士を演じているのでは」「勅使河原さんとの今後は」--。二十代後半に新興宗教と接した経験を持つ林真理子さんが、統一教会のマインド・コントロールから解かれた山崎浩子さんの真情に迫る。


脱会記者会見には200人近い報道陣が集まった


:はじめまして。もともおきれいだったけれど、以前よりずっときれいになられたみたい。お洋服の色もパッと明るい感じになって。

山崎:暗い色の服を着ると、やっぱり不幸せそうだとか、いろいろ言われますから。

:テレビの記者会見(四月二十一日)を見ていて、どこか金賢姫さんに雰囲気が似ていると思いました。私は彼女と一昨年お会いしたことがあるんですけれど……。

山崎:大韓航空機爆破事件の当時、他の人にもそう言われたことがあります。顔の形や感じが似ているって。

:こうしてお会いしてみると、山崎さんはあまり宗教を必要とするタイプには見えないんですが。

山崎:この統一教会、あるいは悪質な新興宗教の場合は、必ずしも宗教を求める人にだけ取りつくわけではないんですよ。私はずっとマインド・コントロールという言葉を使っていますけど、普通に生きている人のなかに自然に、知らないうちに入り込んでしまうので、宗教にすがるという意識はありません。

:山崎さんが統一教会と出会うきっかけになったのは、占いでしたよね。占いが好きな女の人って多いでしょう。私なんて、外国に行ってまでみてもらうこともあるぐらい好きなんですよ。

私も二十代後半の一時期、ある新興宗教に近づいたことがありました。その頃私は、コピーライターとして売れてきて、とてもついていた。このつきがどこかに行ってしまうのが怖かったんです。つきが永遠に続くということを言ってもらいたくて、いろんな占いに通いました。そうこうするうちに、神様にすがればもっといいことがあるかもという非常に利己的な気持ちから、宗教の道場に顔を出すようになったんです。いま考えると、私にとって、占いと宗教はよく似た存在でしたね。



心が一気に冷めてしまった

山崎:この世の中には、科学で証明できない不思議なことってありますよね。それをもっと知りたいという気持ちもありましたし、向上心もあります。そこにつけ込まれたのでしょう。

:その占いは当たりましたか。

山崎:当たったというよりも、いつの間にかうまく自分のことを引き出されて、暗示にかけられただけなんですよ。

:私がその宗教から抜けるきっかけになったのは、教典を見せられたときなんです。なんだかとても幼稚に思えて、心が一気に冷めてしまった。

山崎:統一教会の『原理講論』は、とても難解です。これもマインド・コントロールのひとつの手法なんですが、統一教会の場合、最初はビデオで具体例を出しながら、思考回路を作りあげる。それから、『原理講論』を読み始めます。すると、難しい用語が並んでいる『原理講論』がわかったような気になり、こんなに難しいものが理解できたという、一種のエリート意識も芽生えてきます。

統一教会の場合は、普通の旧約聖書、新約聖書を使います。普通の聖書ですから信用しますよね。ところが、引用が目茶苦茶なわけです。全部読めば違う意味なのに、マインド・コントロールされた思考回路のなかで読みますから、わからないところは無意識のうちに飛ばして読んでいくんです。

:私は、宗教にはクラブ活動のような一面があると思うんです。ある目標に向かって皆で力を合わせたような気分になり、その過程で友情のようなものも芽生えてくる。実際には人間関係でがんじがらめにされているだけなのに、それがすごく心地よかったりします。そこから抜け出すときには、ある種の寂しさや後ろめたさがあったりするんですね。

山崎:それはありますね。ひとつの目標に向かって理想をなし遂げようとしている仲間だという意識が芽生えますから、迫害を受けようとも、神のために信念を貫こうと、意志はますます固まっていきます。

でも、今回脱会するときに強く思ったのは、宗教は皆で何かをすることではないんじゃないかということです。人それぞれが、誰かの悲しみや痛みを理解して、手を差し延べればいいことなんですよね。自分の周囲に小さな善を積み重ねればいいだけのことなのだと思います。

:私はちゃらんぽらんだから、自分さえよければいいと思って、早く御利益がこないか、そればかり考えていました。でも、別に何も変わらなかったので、じゃあやめよう、ということになったんですね。

山崎:宗教に御利益を求めること自体、ほんとうはおかしいんですね。それから、先祖の崇りだとか、因縁だとか、呪いを持ちだすのは、宗教としてはどこかおかしいですよね。

:それはそうですね。でも、自分さえよければという人は宗教には馴染まないんじゃないかしら。

山崎:それはどうでしょう。マインド・コントロールが巧妙ですから、それまで自己中心的だった人でも、自分以外のことを考えるようになり、それが統一教会に悪用されるのではないでしょうか。

私は、宗教に入るのに大義はないと思うんですよ。自分は悪質な宗教にはひっかからないわ、と思っている人にも、落とし穴はあるんじゃないかと思いますけれどもね。

:それを言いたいがために、テレビに出演されたわけですね。

山崎:そうですね。私が言いたいのは、悪質な宗教にひっかからないために知ってほしいことがある、肉親が統一教会に入って苦しんでいる人を励ましてあげたい、ということなんです。だから、単に個人の問題としてではなく、社会の問題として捉えてもらいたいのです。



強迫観念が植え込まれる

:統一教会には、霊感商法をはじめとして、様々な問題があるわけですが、山崎さんが教会員だったときには、そういう否定的な情報は入ってこなかったんですか。

山崎:私は霊感商法に直接タッチしたことはありませんでしたが、それが教会内部で悪い話として伝わることはなかったですね。例えば、家の権利書を教会に渡してしまったとしても、「神のために私財を差し出した、偉いわね」という美談として語られるんです。

:統一教会には、統一教会独自の解釈があるということですね。山崎さんの脱会についても、統一教会は、反統一教会組織による拉致・監禁にあたり、それは信教の自由を侵すものであるというステートメントを出していますね。

山崎:統一教会は信教の自由だとかいろいろ言っていますが、そんなに声高に信教の自由を唱えるのならば、出る自由だってあるはずでしょう。

統一教会の場合に問題なのは、最初に統一教会という名前を明かさないわけですから、拒否する自由がないわけです。ある程度まで話を聞いてしまうと、他に選択肢はなく、後戻りができなくなってしまう。

それでいて、脱会しようとなると、そう簡単なものではありません。脱会して結婚すると障害を持った子どもがうまれるとか、様々な強迫観念が植え込まれているんです。

脱会することによって悲惨な運命が自分だけに降りかかるの なら、勇気を持って出ることもできると思います。ところが、脱会することによって、先祖の怨みをかい、子孫に不幸が降りかかり、さらに自分ひとりが信仰を捨てることによって社会や世界までもが大きく変わってしまうんだというように教えこまれているのです。

拉致・監禁による人権侵害だと統一教会は主張しますが、それでは統一原理を信じさせられることによって、それまでの仕事を捨てて珍味売りをしている人はどうなるのでしょう。そこには職業選択の自由はありませんし、統一原理の上に成り立つ祝福(結婚)がありますから、結婚の自由だってありません。

ですから、統一教会が訴えている信教の自由、人権侵害というのは、そのまま統一教会にお返ししたい気持ちですね。

:いま、とても論理的に堂々とお話しになりましたが、以前から山崎さんはそういう考え方や喋り方をする方だったのかしら。私は勝手に、とてもおとなしくて、楚々としたイメージを抱いていました。統一教会に入信したときの記者会見でも、言葉少なでしたよね。

山崎:自分が納得できている部分についてはお話しできるつもりでしたが、統一原理については、記者会見の席で話しても理解してもらえないと思ったんです。

:あなたたちに何がわかる?という感じだったといことかしら。

山崎:そういう意味ではないんですよ。ほんとうは話したくてたまらないんだけれども、メディアに乗せて話すには時間もないし、語る術もないといった状況だったんです。


「週刊朝日」(1993.3.26)、30~33頁


元の自分に戻った状態

:こんどは、反統一教会派闘士を演じているという見方をする人もいますが、そうではないと言いきれる自信はありますか。

山崎: はい。統一教会がマインド・コントロールをどう解釈するかは知りませんが、私がここで言うマインド・コントロールというのは、自分の人格の上に、統一教会が望むような人格が乗っかっている状態を指します。いまは、その乗っかっていた部分を剥がしただけであって、元の自分に戻った状態なんです。統一教会に作り上げられたものによって、私が変わってしまったわけではありません。その点は誤解してほしくないなと思います。

:私、ちょっと誤解をしていたんですが、今日は何人かボディーガードを連れていらっしゃるのかと思ってました。ところが、実際には女性とふたりでいらした。テレビのワイドショーで、評論家の塩田丸男さんの「桜田淳子さんが統一教会のマドンナならば、いまや山崎浩子さんが反対派のマドンナだ」という発言に対し、ジャーナリストの有田芳生さんが「反対派など存在しない」と反論していましたよね。視聴者のなかにも、山崎さんの背後には大きな団体があるんじゃないかと思っている人がいると思います。

山崎:事態を全然知らない人が軽率な言葉を発することにより、誤解をする人がいるのが怖いのです。コメンテーターは、いろいろな情報を得て、それから判断して、言葉にしてほしいと思います。なにも、統一教会に反対の意見を言えというのではないのです。

統一教会はひとつのグループです。それに対して、統一教会が社会に及ぼす悪影響を認識している人たちが、苦しんでいる人に救いの手を差し延べているわけですから、統一教会対反統一教会という図式ではないんです。


▼ 林さんもタジタジ


勅使河原さんとの結婚生活

:私の目から見ると、文鮮明氏はどう見ても普通のおじさんで、教祖たるカリスマ性が感じられないのですが、山崎さんの目にはどう映りましたか。

山崎:それは十分に備えた人だと思いますね、負のカリスマ性を。人を引きつける魅力はあると思います。

:あの方は、たしか二回離婚していますよね

山崎:私もよく知りませんが、法律上は一回だそうです。

:大豪邸に住んでいらっしゃるとか。脱税容疑がかかったこともありますね。なのに、どうして多くの人が引き寄せられていくのかしら。

山崎:マインド・コントロールのなかには、情報コントロールというものがあるのです。離婚にも、投獄歴にも、豪邸に住んでいることにも、ちゃんと正当化された理由が用意されています。キリスト教だって、最初は迫害されたじゃないか、弾圧されたじゃないか。教会員は文鮮明はメシアだと信じていますから、どんな過去、現在があろうとも、疑問を抱くことはないのです。

:山崎さんを捜し出すのに、特別な指示があったといいますが。

山崎:これは噂ですが、「山崎浩子を探すための特別献金」というのがあったとも聞いています。ほんとうかどうかはわかりませんけれど。

:桜田淳子さんが、日比谷公園で「山崎浩子さんを皆で絶対に救出しましょう」と演説していましたよね。

山崎:それは教会員であれば当然の行動ですし、逆の立場ならば、私がやっていたと思います。

:さきほど山崎さんは、「これは個人の問題としてではなく、社会の問題として捉えてもらいたい」とおっしゃいましたが、勅使河原さんについてはどうお考えかしら。テレビの前の奥さん方のなかには彼に同情している人もかなりいると思いますよ。

山崎:とてもいい人ですよ。皆いい人ですよ、教会員は。だから問題なんですよ。

:「もしも私を愛しているんだったら、牧師さんの話に耳を傾けてほしい」という山崎さんの勅使河原さんへの呼びかけは、最後通告のように聞こえました。私ならば、まだ未練がある。最後の線を断ち切りたくないと思うのだけれど……。

山崎:そういうことではなくて、私が勅使河原さんに言いたいことは、統一教会員全員に言いたいことなんですよ。私の相手だから言っていることではないんですよ。

:結婚生活のとき、ふたりでどういう話をしていたんですか。いつも、神の教えがどうのこうのというわけでもないでしょう。馬鹿話をしたり、テレビを観て笑ったこともあるでしょう。

山崎:そのあたりのことは、あまり言いたくないんですよね。今回の騒動で何が問題なのかという点を取り上げてもらいたいわけで、統一教会員がどんな結婚生活をしていたかは問題じゃないと思うんです。

:統一教会員にも人としての部分がありますよね、生活のなかに。教会を離れて、情に流されたりすることはあるんですか。統一教会をもとにして夫婦の生活はあったのでしょうけれど、それ以外の、普通の男と女としての結びつきもあったと思うのね。そういうことで、いま心が乱れたりすることはないわけですか。

山崎:情の問題としては、相対者だけではなく、親身になってくれた人すべてに対して持つわけです、すべての脱会者が。それを整理することはとても難しいことなんです。

:「いまでも愛している」という勅使河原さんの発言は、教会員にあるまじきものですよね。

山崎:それは、人それぞれの原理観がありますから……。私は、いま勅使河原さんが何を言つているかというのは……。


:聞かないようにしている。

山崎:いや、違います。問題ではないんです。私とか、勅使河原さんとか、桜田淳子さんとか、個人の問題ではないんですよ。

:そういうふうに社会問題で片づけられてしまうと、勅使河原さんはとても気の毒じゃないかしら……。

山崎:だから言っているんですよ。勅使河原さんがかわいそうだから言っているんです。彼自身が被害者ですからね。会う必要がないというと、すごく冷たい感じですし、何で会わないんだということになると思います。ですが、これは統一教会員であった人が脱会してみなければわからない発言なんです。林さんも、世間の人も、きっとわからないでしょう。でも私は、それが彼自身の救いになると思うから言っているのです。

私の場合、両親がいないなかで、姉の存在はとても大きかったと思います。でも、うちの家族だけがそんなに立派だったわけではなく、ことの重大性を知った親たちは子どもを救い出しています。周囲の理解があってはじめて、私も救われたわけですから。

:いずれ彼はわかってくれると思いますか。これをきっかけに、牧師さんの話に耳を傾けてみようかと。

山崎:それは私にはわかりません。

:これは何度もされた質問かもしれませんが、もしそういうことになって、また二人は歩み寄る可能性はないですか。

山崎:白紙にもどった状態ですから、また出会うか出会わないかは、私にはわかりません。

:テレビを観ている女の人は、ある種の悲恋物語のようなイメージを作りあげているように思いますが、それは間違いですか。

山崎:できれば、そう思わないでほしいですね。私は彼を救いたいからこういう発言をしているんです。私が彼のことをどうでもいいと思うんだったら、会いますよ。

:今後は、元の新体操の世界に戻るおつもりですか。

山崎:いろいろとご迷惑をおかけしたところがありますので、まずそちらにお詫びをしなければ。今後どうするかは、ゆっくり考えたいと思います。

:これからはいつでも普通の生活ができると、ご自分でも信じていらっしゃるでしょう、普通の一社会人として。

山崎:はい。もう私は一社会人になりました。



山崎 浩子  (著)

愛が偽りに終わるとき

 



2014年 山崎浩子



Hiroko Yamasaki, an Olympic gymnast, joined and left the Family Federation for World Peace and Unification